第2話

 気を取り直して背広のポケットから携帯電話を掴み、110番に連絡をしようとしたとき、心臓が停まりそうになった。横たわった男が動いたように見えたのだ。

 まさか――怪訝に思って佇んだまましばらく様子を見ていたが、はやり気のせいだったようだ。気を取り直して、震える指でダイヤルボタンを押した。

 警察が来るまでの間とても傍で待つ勇気はなく、男から五メートルほど遠ざかった。

 じっと待ってるのも手持ち無沙汰と思い、胸ポケットに指を入れたが、さっきのが最後の一本だった。そうなると無性に喫いたくなるのが煙草のみの性分である。あたりを見廻すものの、コンビニも自販機もなく、あるのはジュースの自販機くらいだ

 駅の近くまで行けば確かコンビニがあったはずだと歩きかけたとき、遠くから複数のサイレンが重なって聞こえてきた。パトカーと救急車に違いない。

 二台のパトカーからそれぞれ警察官がふたり降りて来た。白と黒のツートンと赤色の回転灯は、何度見ても馴染むことができない。頭の中にそのコントラストを拒もうとする先入観があるのだろう。

 ひとりが死体の周りを何度も行き来しながら無線で本部と連絡を取っている。もうひとりがこちらに歩み寄って来た。あとのふたりは、交通整理を兼ねて現場の維持に努めている。

 しばらくして救急車が到着する。そのときすでに道路の反対側には、どこから集まったのか、無数の野次馬が騒いでいた。救急車から降りた三人の救命士たちは、すぐに作業に取りかかる。警察官と話をする責任者を除いたあとのふたりは、現場に横たわる負傷者を診たあと、すぐに後部からストレッチャーを出して、男を搬送しはじめた。


「あなたが、連絡をされた方ですね?」

 警察官は制帽の庇に手をあてながら訊ねてきた。

「はい」

「恐れ入りますが、車内のほうでお話をお聞きしたいと思いますので、お願いします」

 警察官は踵を返すと、それが当然であるといった態度で、こちらの都合も訊かずにすたすたとパトカーのほうに戻っている。

 パトカーの後部座席に乗り込もうとして躰を屈めたとき、パトカーの後ろに停まっていた救急車が、急にけたたましいサイレンの音を立てて走り出した。

 野次馬の視線が集まっているのが手に取るようにわかる。まるで自分が犯人のようで、このまま奴らに向かって、親切に電話を入れたのはこの俺だ! と叫びたいくらいだった。

 もうひとりの警察官が戻って助手席に坐ると、

「住所と名前と連絡先、それに勤務先もお願いします」

 言い方は丁寧だったが、警察官までがまるで自分を容疑者扱いしているように感じた。ただ後部座席にいるのは、自分ひとりだけしかいないという状況が、そうでないことを物語っていた。

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