第48話 それがすべてを壊してしまった過ち


 それからも私の夢はまだ続いているようだった。あの不思議な日々から何日、何ヶ月と月日は流れていく。

 過去の私の驀進ばくしん劇はそれはそれは酷いものだった。お小言を言うじいやたちから脱走し、お説教をする姉さまたちの話は話半分に、頭を抱えるお父さまに心の中だけで謝って私は私を貫き通して進んでいった。それはそうとして教養としてマナーや立ち振る舞いは完璧に勉強しているのだから手に負えない。できないのではなく、やらなかったのだ。

 表向きの挨拶だけはこなして舞踏会やお茶会を早々に抜け出しては色々な所に足を運んだ。お忍びで城下町にも遊びに行った。


 ……当然、そんなことが許されるはずもなく。ある日突然雷は落ちる。


「姫や。お前に縁談の話が持ち込まれている」


 珍しく私を呼び出したお父さまは神妙な面持ちでそう私に言い放ったのだった。私は目を丸くする。


「お前の普段の行いを見ればこれ以上無い話じゃ。これを機にお前の家庭教師をもう一人増やすこととする」

「そ、それって、見張りを増やすってことよね……?」

「これが最後の機会かもしれない。先方がまだお前のことをよく知らないうちに、お前を生まれ変わらせるぞい!」

「ええええ!」


 おどけて言ってはいるけれど、お父さまの目が笑っていない。過去の話なのに私まで殺気で震え上がりそうだった。ひええ、お父さまにもこんな厳しい時代があったなんて。


「良く聞いて欲しい。わしはお前のためを思って言っているんじゃ。このままでは高齢独身女性オールドミスまっしぐらじゃからな」

「ううっ」


 負けないで昔の私! ちゃんと言い返してみなさいよ! と、必死の応援のおかげか私はお父さまの方を見据えてきっぱりと言い切った。


「大丈夫よ! 私はこのまま、私のまま生きていくし、ちゃんと未来のことも考えてるわ!」

「じゃからあ」

「とにかく、結婚は嫌! そんないい話なら姉さまたちの方が絶対良いじゃない!」

「お前はどうしてそんなに頑固なんじゃ……器量だって本当は良いし、顔も妻そっくりの美人に産んでやったというのに……」


 よよよと大げさに泣き崩れるお父さまに私はたじろいでいる。そうよね、別にお父さまを悲しませたいわけじゃないのだけど。

 大丈夫、私はもう先約があるのだから。迎えに来てくれるその日まで私は待ち続けると決めているようだった。


「本当にオールドミスになってもよいのか? もうこんな話二度とないぞ」

「そんな、それでずっとお城の中にいるなんて迷惑がかかるわ。そうでしょう? でも縁談は破談にして欲しいの、私は大丈夫だから」

「……よもやお前、もうすでに本命がおるのか」


 想像以上の鋭い視線に、過去の私も今の私も無言で生唾を飲み込んだ。なんて察しが良いの。私は嘘が下手なので、この挙動不審が何よりの証拠だった。

 どうしてもっと上手く立ち回れないのかしら。馬鹿な私。


「ことあるごとに城を抜け出して城下町の方へ降りていることは知っている。そこの者か? それとも従者か? 王国騎士の者か?」

「え、ええっと……そういうことではないのよ? お父さま」

「わしが知らないことがあってはならんぞ、潔く告白しなさい」


 これ以上嘘は行けない。そう本能が警告を鳴らすほどお父さまは気迫に満ちていた。正論を言われて私は身動き一つできない。

 無言の圧力が痛い。どれほど時間が経っただろう、嘘がつけない私はついにを打ち明けてしまうのだった。


「お父さま、あのね。信じられないかもしれないけれど私……」


 私はすべてを話してしまった。あの荒れた庭であったことを、出会った人を、約束したことを。言ってはいけない。そう思っていたのに、お父さまに嘘をつくこともはぐらかすこともできなかった。

 私がもっと上手く立ち回れていたら。


「そんな……そんなことが……」


 お父さまは話を聞いている間はずっと動揺していた。けれど、話を聞き終わって少しするとまた冷静な面持ちに戻った。仮面のような硬い表情に、私は冷や汗が流れている。


「ねえお父さま。だから」

「皆の者」


 私の話を遮ってお父さまは指を鳴らした。すると謁見の間に常駐している騎士三人が一斉に私の周りを取り囲んだのだ。わけが分からない。今度は私が動揺する番だった。


「今聞いた話は他言無用とする。そして、いとまをくれてすぐで気の毒じゃがあの魔法術士の指導長も呼んできてくれ。一刻も早くな」

「え、ちょっどうして! 離してよ!」

「申し訳ありません姫様。しばしの辛抱を」


 そして私はわけが分からぬまま、罪人よろしく騎士たちに拘束されてしまうのだった。




 ***




 声が聞こえる。けれどぼんやりとしてよく周りが見えない。


「姫様。嘘はいけませんよ」

「そうですわ。貴女は一国の姫ですのよ」

「嘘じゃないわ。本当よ!」


 声だけがはっきりと聞こえる。これは私の記憶が曖昧だから、こんなにぼんやりとした景色しか見えないのだろうか。


「困った方だ……お転婆に虚言が加わるとは」

「王族の方がこんなことを言いふらしていると知ったら世界が混乱しますわ。どうか」

「そうだな」

「なによ! やめてお願い!」


 力の限り叫んでいる。けれど、誰の耳にも響かない。


「姫様ご安心を。いろいろお勉強して世界に触れれば、そんなおとぎ話も忘れてしまいますわ」

「おとぎ話じゃないのに! ねえ、私ほんとうに……!」


 私の悲痛な叫びも虚しく、そこで記憶はぶつりと切れて無くなってしまったのだった。




 ***




 気がつくと寝室の天井が見えた。長い夢だった。


「でも、夢じゃない……」


 私は自分に確かめるようにそっと呟く。そう、あれは夢じゃない。

 私がいけなかったのだ。周囲に悟られないように過ごすつもりが下手な生き方しかできなかったから。だからお城の人たちに記憶を消されてしまったのだ。

 魔王の復活なんてことがあったら世界はまた混乱してしまう。今は百年前と違って勇者もいなくなってしまったのだからなおさらだった。そんな大事を根拠も確証もないのに一国の姫が言うなんて御法度だ。そうして結婚をぐずる姫の世迷い言として、周囲も、私自身も忘れていってしまったのだ。


 今ならはっきりと思い出せる。あのあとすべてを忘れてしまった私はそこそこ品行方正に暮らしていく。城下町に遊びに行くのにも許可を取って従者と一緒に行くようにたし、式典や夜会にもちゃんと最後まで出席して愛想を振りまいた。ちなみに私に来たという縁談はいつの間にか無かったことにされ、次女の姉さまと結ばれたのだった。なによ、人を振り回しておいて酷い話ね。


 ゆっくりと起き上がる。もうだるさも疲れも残っていなかった。

 立ち上がった私がまず始めたのは身支度だった。きちんと整えてから私はこの部屋を出なくてはいけない。


「魔王さまを探さなくちゃ」


 どうしても伝えなくてはいけないことがある。言わなきゃいけないことがある。


 ……でも、魔王さまは怒るかしら。それとも呆れられて嫌われてしまうかしら。

 それでも私は行かなくちゃダメ。今踏み出さないでいたら、きっと一生後悔してしまう。弱腰になる自分自身を奮い立たせて、私は転移魔法陣に足を踏み入れたのだった。


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