第34話 ついに念願の……!
「良いですか姫。まず絶対に私のそばから離れないでください。絶対に、一瞬でも自由行動は禁止です!」
「それ、魔王さまからも千回くらい聞いたふわあ」
しゃべっている途中であくびが出てしまった。はしたないけど抑えることができない。私はラミアと一緒に人間界へのゲートの前に立っていた。中庭は初めて魔王城に来た日以来ね、あの時は意識がもうろうとしてそれどころじゃなかったけれど。
「ラミア、前に会った時みたいに敬語で話さなくていいわ。今日は貴女の指示に従うのだし」
「あれ、そうでした? しまった。前回兄貴といて気が緩んでたみたい」
「その方が嬉しいわ」
「じゃあ遠慮なく」
ニコニコと話す彼女は可愛らしかった。今日は大蛇の姿ではなく、普通の人間の足に町娘の格好をしている。これも魔法なのかしら。考えていたらまたあくびが出てくる。
「楽しみで眠れなかったの?」
「ううん、昨晩ずっと魔王さまが枕元にいてね。逃げ出すな、必ず戻って来いって夢にまで出てきたからつい」
「わあ。ご愁傷様」
魔王さまは気分転換を許したのであって、逃げ出すのを許したわけではなかった。あの眼は魔界を見通すことはできても人間界までは駄目らしい。だから逃げるなと真夜中に私の顔を覗き込んで延々と私に言い聞かせていたのだ。あれは悪夢以外の何物でもない。絶対に目を開けてはならないと固く目を瞑りすぎてまぶたが一晩中ピクピクしてた気がする。
「姫も変装しなきゃね。服装と見た目、といっても私の魔法じゃ髪と瞳の色を変えることしかできないけど。何色がいい?」
「そうね……黒髪に赫い瞳で、どうかしら」
「えっ!」
「やっぱりダメ?」
「いやあ普通は魔王様カラーなんて畏れ多いけど……まあ姫なら問題ないでしょ!」
「あ、一瞬でバレたのね」
急に好きな色を選べと言われても特に思いつかなかったので、一番最初に思い浮かんだ人物の色を言ってしまった。艶のある漆黒の髪と、血や炎を連想させる赫い瞳。毎日見ているせいかそのイメージが頭に強烈に残っている。
ラミアは私の頭上に手をかざすと何か呪文のようなものを呟いた。なんだか目がチカチカする。何回か瞬きをしてやっと元の視界に戻ると満足そうな彼女の笑みが目の前にあった。サイドの髪を摘まんで見てみると確かに黒髪になっている。すごいわ。気がつけば髪や目の色だけではなく装いまで変わっている。これなら城下町の町娘その二だ。
「ほほう。なかなかお似合いで」
「そう? 私自身で見る事ができないのが残念ね」
「城下町に鏡くらいあるから見てみるといいよ」
「それもそうね」
そうだ、ここはゲートの前とはいえまだ魔界なのだから魔王さまにもこの姿は見えているはずだ。注目しているかは分からないけれど、この場でくるりと一回転してみせる。そして魔王城の上部、玉座がありそうな位置の外壁を見上げた。
「魔王さま、見えていますか? どうです?」
「反応無いねえ。とりあえずお咎めは無さそうだから行きましょ」
「そうね……」
残念な気持ちになってから我に返る。いやいや私は何をしているのだろう。もしかしたら褒めてくれるかも、とちょっと期待してしまったことに私自身で驚いてしまった。
気を取り直してゲートに向き合う。本当に久しぶりで、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。一介の町娘では
「心の準備はいい? ちょっと胃が揺れて気持ち悪いんだよね」
「大丈夫、経験済みよ」
さあ、張り切って行きましょう。私とラミアははぐれないように手をつないで、二人同時にゲートへ足を一歩踏み入れたのだった。
***
「なあ魔王サマ。この間の件なんだが、って何してんだ?」
「……っ」
「あんた痛みなんて感じないだろ。心臓押さえてなんだよ、破裂でもすんのか?」
「ああ……致命傷だった」
「おいおいおい」
「バウバウガウ!」
「あっ聞こえますか堕天使様、大変です! お姫様の気配が消えた途端ケルベロスが脱走して暴れ回ってるんです!」
「いやその場の連中でなんとかしろよ」
「堕天使さあああん今日姫さまいないんですかあああ! 僕聞いてませんよびええええ!」
「おい泣くな床溶けてんぞ」
「どうして誰も教えてくれなかったんですかあああお見送りもできなかったですうううう」
「夜には帰ってくるっつってんだろ!」
「あっホントですかあ! よかった!」
「ああもう、誰か助けてくれ……」
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