第32話 要らない情報もある


 意気込んでダークエルフの目をまっすぐ見る。それはもう恨みやら怒りやらで凄まじく濁った色をしていた。

 もうそんな目で怖じ気づいたりしないわ。今の私には魔王さまがいてくれているし。


「どうかしら、ダークエルフさん。もうあきらめて森に帰ってもらえないかしら」

「……俺様にはもう帰る場所なんてねえよ」

「貴方は頭なのでは?」

「もう頭でも何でもねえよ。当たり前だろ、今回はただの小競り合いじゃなく一族を巻き込んで失敗したんだから」

「あら」

「このままじゃ一族末代までの恥さらしなんだよ! てめえらを殺らなきゃどこにも帰れねえ!」

「自暴自棄の理由はそれなのね」

「困った。これでは駄犬と奴で永久機関になってしまう」

「魔王サマがジョークかますなんてよっぽどだな」


 どうしたものかしら。このままだと本当に永遠にケルベロスのおしゃぶりになってしまいかねない。私は魔王さまの膝から降りて少年のそばまで寄ってみることにした。床に膝をついて屈み込み、倒れている少年と目線をなるべく合わる。

 するとなぜか体を強ばらせて苦しみだしてしまった。わ、私じゃないわよ。


「お前っ金縛りか……動けねえっ」

「違うわ!」

「私だ。姫の前で指一本でも動かしたら駄犬の胃袋に転送してやろう」

「でも姫サマは自由にさせるんだな。甘いよなあ」

「ちょっと四肢溶かして行動不能にさせましょうか!」

「スライムはあ、ちょーっと黙ろうな?」

「はあい」


 魔王さまの金縛り攻撃に加えてスライムがきつめの脅迫をしたものだからダークエルフがさらに警戒してしまった。目を見開いて私を睨みつけ、荒い息で八重歯を剥き出しにしている。でもその姿はまるで小さな子犬が精一杯威嚇しているかのようで今ではなんの迫力も無い。


「不死身といったって、痛いものは痛いし苦しいのでしょう?」

「それがなんだ! 寄るな!」

「もう、戦いなんて忘れてのんびり暮らしてみたらどうかしら」

「ハア!? 俺様を馬鹿にすんなよ!」


 私を攫ったときにはあんなに自信に満ちていた目が、今では私にすら怯えてしまっている。きっと魔王さまにだけでなく自分の仲間にまで尊厳を砕かれてしまったのだろう。

 おそるおそる手を伸ばして少年の頭を撫でてみる。凶暴な振る舞いに似合わないふわふわな髪の毛だった。「触るな!」と怒鳴られたけれど構わず撫で続ける。


 私、こんな幼い子供を見捨てられるほど非情にはなれないもの。私の国でも孤児は放ってはおかなかったわ。思わず彼を抱きしめて胸に埋めた。


「おい姫」

「わあ! 僕、魔王さまの殺気で蒸発しそうです!」


「なんだよ! さわんな……げほっ」

「叫び疲れてるじゃない。もういいのよ」


 しばらくそうして抱きしめながら頭を撫でてみる。観念したのかとても大人しくなった。


「落ち着いて。もう貴方だって魔王さまに勝てないって気づいているでしょうに」

「うるさい。うるさい……」

「考え直してみて、ね?」


 相当気を張っていたのか、口では抵抗しているものの勢いは全くない。むしろ私の撫でる手に合わせてすり寄ってるようにも見える。もう少しで心を開いてくれる気がする。もう何回か頭を撫でるとため息が聞こえてきた。


「こんなガキみたいなことされたことねえなあ……」

「まだ子供じゃない」


 これは平和的な解決が期待できるかもしれない。それができれば何よりだわ。

 ……なんだか背後から尋常じゃない殺気を感じるけれど。振り返らなくても分かる。お願いです魔王さま、あともう少しで和解できそうなんです。


「まあ……そんなにお前が言うなら手を引いてやってもいい」

「本当?」

「その代わり、お前も俺様と共にぐえっ!!」

「手が滑った」

「ま、魔王さま!」


 ダークエルフの少年が何を言おうとしたのか分からないけれど、最後まで聞く前になにか見えない力で少年の体が部屋の入り口まで吹き飛んで言ってしまった。間違いなく魔王さまである。


「終いだ。さっさと手を引いて帰れ」

「……ああそうだ。よく考えればよお、ここに住んで大人しく色々情報集めればいつかお前の寝首を掻けるじゃねえか」

「なあ魔王サマ、早くこいつの封印方法調べなきゃまずいぜこりゃ」

「仕方ない。それまで貴様は駄犬の口の中だ」

「ああ!? そりゃねえよなあ同情すんなら助けてくれよお姫様! どうせなら犬じゃなくてお前の胸に埋まりたぐええっ」

「不埒な」

「えええ……」

「悪手で残念だったな姫サマ。余計手に負えなくなっちまったわ」

「ご、ごめんなさい」

「まあ、どうなるか期待して見守った俺たちも同罪だわな。こいつには美談は通じなかったようで。参った参った」


 その後、魔王さまが手の甲を振って「しっしっ」と追いやるとケルベロスはどこかしょんぼりしながらダークエルフを咥えて廊下の奥へと去って行った。


 どうやら魔王さまと堕天使は、解決策が打つ手なしで藁にもすがる思いで私の思いつきを見守っていたらしい。結局役に立たなくて悪いことをしてしまった。

 気まずくなって私はおずおずと元いた場所、魔王さまの膝の上に自ら戻る。魔王さまは私の失敗については特に気にしていないらしく「穢れた」と言いながらさっきよりも強い力で抱きかかえられた。動けない。


「なあ姫サマ、あんたのためにこれだけは言っておこうと思って」

「なにかしら」


 珍しく堕天使が神妙な面持ちで私に話しかけてきた。すごく申し訳なさそうに言うものだから私も身構えてしまう。

 その口から出てきた言葉は、できることなら一生聞きたくなかったものだったのだけど。


「あのお頭はさ、見た目詐欺の長寿エルフなんだよ。本当はうちのセクハラ大好きスケルトンジジイと同じくらいのじいさんなんだぜ」

「……そういうことは最初に知るか、一生知らない方が良かったわ……」

「すまん」


 知って後悔することもあるのだと、私は人生の教訓を学んだ気がした。




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