第31話 仲良しこよしで言いたい放題
ズドドドドド……!
轟音と振動がみるみるうちに大きくなっていく。身構える私とは正反対に落ち着き払っている魔王さまは無反応で私の顔を覗き込んでいる。堕天使に至ってはあくびまでしている始末で緊張感のかけらもない。
「儀式が失敗したせいで邪神サマはお怒りらしいぜ。代償として一族みんな魔力を剥奪されて雑魚以下になっちまった。あれじゃ数百年は大人しくしてるだろうな」
「不思議なのだけど、命は奪わないのね」
「あいつらは言わば魔界の自然そのもの、森にある命の化身だから環境破壊でもしない限り不死身なんだよ」
「そんな一族に敵対されてるってどうなのかしら」
「まあ生命力と魔力の源は別物だしな。構わねえよ」
魔界も秩序が無さそうで微妙にあるのよね……生命力を司る自然に愛されているのがダークエルフで、魔力を司る邪神とやらに愛されているのが魔王さま、というところかしら。それにしても邪神って一体何者なの? 魔王さまをたいそう気に入っているようだし、いつか私も何かの拍子に会う日があるかしら。
そしてスライムはようやく泣き止んでくれたようで大人しくなっていた。いつもはぷるぷるの体が水分を出し過ぎたせいでしぼんでブヨブヨになってしまっている。
「こんなにしおしおになっちゃって大丈夫?」
「大丈夫です! 濃縮しちゃって動きづらいですけど」
「そ、そう……?」
「きゃうん! ガウウ!」
「きゃあ!」
ドスン!
どうやらあの轟音の正体はケルベロスだったらしい。なんだか久しぶりね、なんて考えている場合ではなかった。
前回あったときは大型犬くらいの大きさまで縮んでいたはずの体が、今は魔王の謁見の魔の扉すらくぐれないほど巨大化してしまっている。かつてほどの大きさではないけれどそれでも大きすぎる。扉を抜けられずこの部屋にも入ってこれないみたいで入り口で詰まってしまっていた。
「どうしてこんなに大きいの!?」
「良いもん喰ってるからじゃねえか? 左の首見てみろよ」
堕天使が心底
ケルベロスの三つあるうちの左側の首が何かを咥えている。人が足から縦に咥えられていて上半身だけが口から飛び出していた。その正体が何か見た瞬間に理解する。
「畜生が! 放せえええ!」
「あれってダークエルフの……」
「そ。お頭サマだぜ」
「なんとも無様だな」
以前に対面したときもあの人は私より幼い見た目をしていたけれど、今はもっと幼くなっていた。十歳くらいの少年まで逆行している気がする。見目の良い少年が獰猛な獣に下半身をかじられているのは倫理的にどうなのだろう。いくら敵でも可哀想な気がしてきた。
「どうして彼は食べられているのですか?」
「魔力を失って自暴自棄にでもなったか、不死身を良いことに幾度となく城に体当たりされて煩わしくなった」
「他の連中は大人しく森に帰ったってのに、あきらめ悪いよなあ」
「不死身というのも考え物だな」
「それ俺の顔見て言う?」
そんな憎まれ口を叩き合っている間にダークエルフの体力が尽きたのか静かになってしまった。ケルベロスの口から上半身だけがだらんと脱力してぶら下がっている。
「回復しては喰われて、をずいぶん繰り返してる。もうしばらく続けたら心折れるだろうよ」
「せっかくケルベロスが可愛くなっていたのに残念だわ……肉食に戻ると大きくなってしまうのね。もう少し小さくなったら一緒にお散歩でもしようと思っていたのに」
「それならちょうど良い。あのまま肥えさせておけ」
どうしてそんな結論になるのかしら。けれど魔王さまの表情は至って真面目だった。横で堕天使がニヤニヤしているのが見える。
「魔王さま! 不死身の体なら僕の体に放り込んでドロドロに溶かし続けるのはどうですか!」
「却下だ。貴様の分裂体が無限に増え続けてしまうだろう」
「今回まさにそれが問題になっただろ食い意地ポンコツ」
「うっ、想像したら残酷ね……ちょっとつらいわ」
「ごっごめんなさいいい!」
「ガウガウ!」
もう飽きた、と言わんばかりにケルベロスが少年を私たちの方へと投げてよこしてきた。落下地点からそんなに近くない距離だったけれどスライムが慌てて飛びはねて回避する。べしゃりと玉座の目の前で床にたたきつけられて、ダークエルフは小さくうめき声を漏らした。
つい先日彼に酷いことをされたとはいえ、無力な者が一方的に攻撃されているのはいたたまれなくなる。まあ、回復したら報復してくる可能性も捨てきれないのだけど。
「あの、魔王さま」
「なんだ」
「少し彼とお話してみても良いでしょうか」
「……お前はいいのか」
「はい」
もしかして私の心を心配してくれているのだろうか。少し眉を寄せて私の顔を覗き込んできた。そんな顔をされるとなんだかむずがゆい気持ちになってしまう。私が迷い無く返事をすると魔王さまはしぶしぶ頷いてくれた。
大丈夫、頑張るわ。私は照れて口元が緩むのを我慢しながらダークエルフの方へ顔を向けた。
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