第28話 さすが魔王サマ


 【堕天使視点】


 とんでもない大誤算だ。きっと魔王サマは怒り狂ってるに違いない。


「やべえな」


 不意に軽口が着いて出たが正直そんなレベルじゃない。城でスライムたちの話を聞いてすぐ西の森に飛んできたは良いが、ここは辺り一帯がクソ眠いキノコの群生地だったことを忘れていた。この胞子はどうも感覚が鈍っちまう。自然と共に生きるエルフならではの隠れ家ってとこか。

 とりあえず相棒と合流しないことには何も始まらない。


「おい! どこにいる返事しろ!」

「ここにいる。お前のでかい声でやっと感知できた」

「あんたですらそうなっちまうのかよ」

「霧も深い。どうしようもないな」


 問題は残るが何事もなく合流できたのでよしとする。急いで姫サマを取り戻さねえと。


「地下って事は穴でも掘ってんのか? 探知しづれえな」

「……」

「焦んなよ。すげえ汗だぜ」

「……ああ」


 魔王サマはいつになく肝を冷やしてるようで真顔のまま地面を見つめている。焦んなとは言ったが、普通焦るよなあ。なんてったってさらった奴がダークエルフときた。生け贄にでもされていたらもう二度と戻っては来ない。

 ただのケガなら治癒すれば良い。けど生け贄は邪神に身も魂も喰われてしまう。いくら何でも魂を修復することはできないのでそうなっていたらもう助からない。


 千里眼は持っていないが俺も羽根で探知くらいはできる。禿げると情けないがそうも言ってらんねえし、俺は操れるだけの羽根をむしってそこら中に飛ばした。


「今度こそ殺す」

「とはいえあいつらもほぼ不死身だからなあ。寿命以外じゃ死なないぜ」

「今度こそ殺す」


 ああ、だめだこりゃ。同じ事しか言わねえ。相当キてんな。頼むから助からなくても心中だけはしないでくれよ、俺が困るから。


「あっ」

「そこか」


 俺が声を上げるのと魔王サマが発見するのは同時だった。ここから離れた場所の地面に空いた小さな穴から手下のダークエルフがほんの一瞬だけ頭を出した。足並みを揃えたわけではないが同時に転移する。居場所は思っていたより地下深くの洞穴だったらしい。薄暗くて湿っぽい所は嫌いなんだがなあ。


「アリかよ。どんだけ深く掘って……あ」


 見つけた。魔法陣の中で心臓を刺され横たわっていた。心臓の動きに合わせて血がまだ飛び出している。刺されてすぐのようだが顔は恐ろしいほど青白い。

 ああこれ、間に合わなかったんじゃねえかな……


「貴様、なんということを」


 魔王サマの声がびっくりするほど震えている。表情を見るのが恐ろしくて顔を見れないが、振り返ったダークエルフの顔も同じくらい青ざめていた。


「てめえクソ魔王……俺様を騙したな」

「何を言ってやが」

「外野は黙れ!!」


 なんだとこのクソじじい。俺は知ってんだからな、姿は少年だが実年齢は魔王城のスケルトンジジイと同じくらいの歳だって事をよ。

 思わずそう啖呵を切ろうして寸前で踏みとどまった。ダメだダメだ、ここは平静を保てない奴が負ける。


「俺様まんまと騙されたよ……これじゃ邪神への供物が」


 何を言っているのか分からねえが隙だらけだ。ダークエルフは放っておいて急いで姫サマを取り返した。すぐにケガを看る。

 良かったなあ、魂は傷一つ付いちゃいねえ。これなら俺の治癒でも治りそうだ。


「儀式が中断されたか。相当な天罰が下るだろうな」

「てめえのせいだ! 俺様は確かに聞いたぜ、人間界のお姫様をさらってきたと!」

「事実だ」

「嘘つくんじゃねえよ! こいつ人間じゃ……がああああ!!」

「天罰か、これほどまでのは見たことがない」


 儀式の中断。儀式とは邪神と契約を結ぶ事であって、このジジイはさしずめ「姫を贄にするから力が欲しい」といった内容だったんだろう。その姫がこうして贄にできなかったのだから契約違反だ。約束を破った罪は当然大きい。

 俺たちは魔法陣から距離を置き、を横目に姫サマの治癒に専念した。魔王サマも手を貸したおかげで傷跡もなく完治したのでとりあえず安心する。


「可哀想になあ、姫サマ」

「……」

「もう戻ろうぜ。あの転がってる奴なんて放置してさ」

「……そうだな」


 魔王サマは放心状態のようだ。仕方ないから俺が姫サマを抱えて行くことにする。途中何かを言いかけたように口を開いて、結局何も言わずに口を閉じた。


「なんだよ」

「……いや」

「でもまあ、魂まで傷つけられなくて良かったじゃねえか。姫サマが怖がるなら今日の記憶ごと消しちまえばいいし」

「お前は、何も言わないのか」

「何を……って、ああ。なるほど」


 さっきのやりとりを思い出す。いやあ、あのダークエルフの野郎が言ったときにはビビったよ。俺も今までちっとも気づかなかったしな。俺は細かいことは言わずにただニヤニヤと主の顔色を伺った。相変わらずよく分かんねえ表情してやがる。


「俺が何か言うことじゃねえしなあ。ただ言いたいのは、“さすが魔王サマ”ってところだな」

「どういう意味だ」

「色んな意味だ」


 今日はこれから反省会だな。頭を失ったダークエルフ共をどうするかとか、城の守備の強化とかいろいろやることはある。

 だが、とりあえず魔王サマの機嫌を損なわずに済んだことに安堵のため息だ。今晩は少し贅沢でもしよう。


「はやくこんな湿った場所さよならしようぜ。頭にキノコ生えちまう」

「ああ」


 地面に転がる主犯はとりあえずあとで回収班に任せるとして、俺たちは素早く魔王城へと帰還したのだった。


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