第27話 たすけて
体が鉛のように重い。指一本すら動かせないほどだるい。私は一体どうなってしまったのかしら。
「んう」
「ちっと効き過ぎたか? 死にかけだなあ」
どうやら私はどこかに仰向けに寝かせられているらしい。頭がぼーっとして感覚も鈍ってしまっている。なので今私は堅い場所に寝かせられているのか、それとも柔らかい場所なのかもよく分からない。まあこういう奴に連れ去られてしまったので多分寝心地の良い場所ではないのだろうけど。
「魔王城暮らしのお姫様は
「う……」
やっとの事で重たいまぶたを開けた。私をさらった張本人、ダークエルフの男の子と目が合った。私にまたがって見下ろしているらしい。その手には薄紫色の綺麗なキノコが握られていた。
ゆっくりと目だけを動かして辺りを見回してみた。薄暗く湿った場所だ。土と岩でできた壁はいびつな形をしている。自然にできた洞窟なのか、それとも雑に掘った仮の場所なのか。
「人間界の高貴なお姫様だけあって色々整ってるなあ」
「ひっ」
男の子はキノコを投げ捨てたかと思えばすぐに私にのしかかってきた。両手で顔を掴まれて鼻が付くほど近くまで迫られた。言いようのない嫌悪感が体を駆け巡る。
「離、して」
「つれないなあ」
「
「でかしたな、あとは外でも見張ってろ!」
「へい」
か、頭? 今どこからかこの子の事を頭と呼ぶ声がした。うそ、私より歳も背もなさそうなのに。
「さて行こうかお姫様。俺様たちの力になってくれよ」
「い、いや」
「ほらほら」
指一本動かすどころか声さえも上手く出すことができない。大きな声も出せず、ろれつも回らず途切れ途切れに言葉を出すだけだった。男の子に無理矢理横抱きにされて移動させられても何の抵抗もできない。悔しい。
「まおう、さま。たすけ」
「この場所は何重にも目くらましの結界が張ってある。まだしばらく来ないだろうなあ、可哀想に。すべて終わったあとに来ると思うぜ」
どうして、どうして魔王さまは助けに来てくれないの。いつも私を見ているって言ってたのに。この魔界のすべてを見通せるって言っていたのに。
「どうして、どう……」
「ははん、そうだなあ。魔法陣に着くまで絶望の事実を話してやろうか」
嫌、やめて。目尻にキスをされて背筋が凍る。私の表情とは正反対に男の子は歪んだ笑みを見せた。
「皆が恐れている魔王の眼も万能じゃないんだよ。普通の奴らの目玉と同じで、それより視野が広くて透視するってだけさ」
「視野……」
「ほら、試しにお前も壁の右上見てみろよ。右上を見てたら左下の壁は注意が散漫になるだろ。それとおんなじでさ。魔王も魔界のすべての地を注意深く見てる訳じゃない。見えてるけど見てない瞬間は必ずある」
分かったような、分からなかったような。返事のない私には構わずに彼は話を続ける。
「俺たちダークエルフが分散して動いたのは陽動なんだ。見事に魔王は気を、いや目を逸らしてくれてさあ! まさか魔王城に
「ぐ……」
「本当は魔王城で独占する禁術や秘宝を盗む気だったんだが、お前の方がはるかに価値があるしな」
この人たちは私をさらって一体何をするというのだろう。彼が気持ちよく話している内にどこか開けた場所にたどり着いてしまった。床に大きな魔法陣が見える。これは、一体。
「なにを、するの」
「生け贄だよ。俺様たちの魔力をさらに高めるためのな」
「は……?」
やっぱり。もしかしてと思っていた事が当たってしまった。確か魔界の住人は邪神の加護とやらで魔力が決まると以前スライムが言っていた。それなら邪神に愛されるために供物を捧げようとするのは自然な行動だ。
「人間の、しかも高貴な生まれで処女の生け贄なんて滅多にできないからなあ。俺様たちはさらに強くなってあのクソ魔王なんざ一捻りだ」
「うう、くっ……!」
「暴れようとしても暴れらんねえんだろ? 可哀想だなあ」
思い切り抵抗するはずが、わずかに身じろぎしただけで疲れてしまった。あのキノコの効果かしら。恐ろしい。けれど、どうにかしないと私は本当に危ないみたい。
何か考えないと。何か、何か……
「魔王さ、ま!」
「はい到着。じゃあ早速儀式を始めようか。ほんとに魔王が来ちまうからなあ」
「かはっ」
ダークエルフの頭はしゃがむことはせず、そのまま私を抱える手を離してにこりと笑った。私は勢いよく堅い地面に叩きつけられて、その衝撃で数秒呼吸ができなくなった。痛い。感覚が戻ってきたのは良いけれど、今戻ってほしくはなかった。これは最悪な事態だ。痛い、苦しい。怖い。
「俺様たちに栄誉ある勝利を。そして強大な魔力を授けよ」
「いや、いや!」
動けない。情けなく目を見開いて震えることしかできない。男の子はどこからともなく大剣を取り出していた。いや、それをどうするの……!
ズドンッ
「がっ……あ……っ」
「心臓一突き完了。あとは魂を……ん? おかしいな、魔法陣が発動しない」
体が熱くて冷たい。呼吸ができない。耳鳴りが痛い。視界がチカチカしてよく分からない。あ、も
「貴様、なんということを」
意識がなくなる寸前で、私はずっと待ち望んでいた声を聞いた気がした。けれど、その声の主を確かめるすべはもうない。地獄の苦しみの中、私は正気を手放したのだった。
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