第25話 誰が油断した?


 ドンドンドン、ドンドンドン……


 なにかうるさいわね。私は閉じていたまぶたを開いた。もう少しで居眠りできたのに。

 どうやらこの部屋の扉が叩かれているらしい。叩く力が強すぎて扉が壊れてしまいそうだ。このデリカシーのかけらもなさそうな振る舞いは。


「一体誰が……」

「姫さまぁ! ここですかあ!」

「あ、スライムね」


 まったくもう、誰が襲ってきたのかと思ったけれどスライムか。間の抜けた声を聞いて安心する。まだカップの中に残っていた紅茶を最後まで飲み干した。冷めたダージリンはちょっと渋い。思わず眉間にしわが寄る。


「今お一人ですよね! お目付役で来ましたよ!」

「あらあら」

「僕とお話ししましょう姫さま!」

「魔王さまが呼んだのかしら。分かったから叩くのやめて」

「早くお会いしたいですよお!」


 無邪気を通り越して若干の狂気が伺える。ちょっと怖いくらい慕われている気がするわ。私は苦笑しながら立ち上がり、扉へと近づいた。別に急ぐことでもないと思うのだけど、今でもまだスライムが激しく扉を叩いていた。


「ちょっと! 壊れてしまうからやめなさい! 今開けるから」

「わあい!」


 扉を開けようと手をかける。けれどそのままでは開かずにガシャリと音を立てただけだった。


 あら、この扉どうやって開けるのかしら。錠前が部屋の内側にもついているのね。鍵は見当たらないけれどとりあえずいじってみよう。ガチャガチャといじるうちにどうやったのか錠前は外れて足下にゴトリと落ちた。それと同時に一瞬魔力の光がパンと弾けるのを感じる。もしかしてこれ、扉を封じていたのかしら……


「姫さまぁ!」

「はいはい、今開け……」

「姫さま開けちゃダメです!!」

「えっ」


 どういうこと? 疑問を口にするより早く扉は開いてしまった。私が開けたのではない。扉の向こうのが、こじ開けてきたのだ。


 ――誰?

 目の前に知らない顔があった。色素の薄い髪に褐色の肌。私と同じか年下くらいの背格好の、少し華奢な男の子だった。見た目は完全に人間なのだけど。

 目が合うや否や、男の子は口元を歪ませてわらう。


「俺様の変身魔法だよお姫様。スライムが扉を叩けるわけないだろ、ぐあっ!!」

「姫さまに触るなあ!」


 思わず扉に目をやると、無数の攻撃魔法の跡が見えた。確かに乱暴な叩き方だとは思ったけれど、まさか魔法で扉を叩き壊そうとしているのだとは思わなかった。油断した。完全に油断していた。

 男の子の背後に本物のスライムが追いついていた。自分の体液を飛ばしたのだろう、男の子の左肩が蒸気を立てながら焦げてゆく。その隙に私は部屋の中へと駆け出した。


「逃がすか」

「待て侵入者!」

「お前は邪魔だ!!」

「きゃうっ!?」


 脇目を振らずに走ろうとしたけれど、真後ろで何かが弾ける音とスライムの悲鳴が響いたので無意識に振り返ってしまった。そんな、嘘。スライムの体は弾けて無数の水滴として力無く床や壁に飛び散っていた。


「ああっ! スライム!」

「捕まえた」


 そこそこに距離を取っていたのに一瞬で詰められてしまった。抱きすくめられて、両腕を後ろで組まされて身動きがとれない。ありったけの力を込めているのか凄まじく強い力で押さえつけられて背骨が軋む感覚がした。


「かはっ」

「さて、さっさと退散するに限るな」


 男の子が指を鳴らすと私の足下がぐらぐら揺れるのを感じた。転移魔法だろうか。首に衝撃が走り、意識まで遠くなっていく。手刀、されてしまった。

 薄れゆく意識の中で男の子の耳が長く尖っているのが見えた。ああ、私はなんて馬鹿なのだろう。


「ダーク、エルフ……」


 遠くで大勢の足音と怒号が聞こえる。きっと皆が駆けつけてくれたのだろう。それなのに、もう手遅れなんて。


 ごめんなさい。私がもう少しでも気を張っていれば異変に気づいたかもしれないのに。魔王さまたちが大人しく待っていろと言ったのに守れずに迷惑をかけてしまったわ。でも大丈夫、きっとすぐ助けてくれるわ。


「きっと、たす、けてく……」

「間に合わないよ。おやすみお姫様」


 きつく抱きすくめられすぎて息もできない。抵抗しようと踏ん張っていたけれど結果は虚しく、私は意識を手放してしまうのだった。


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