第3章 姫、巻き込まれる
第24話 里帰りしたいです
「はああ、こりゃまた物騒だなあ……ってオイ」
「ダージリン、アッサム、セイロンにキャンディ、キームン……農園別はないのかしら」
「それは何かの呪文か?」
「お前らここ俺の部屋なんだけど」
先日魔王さまが「人間の飲む茶なら堕天使が詳しいかもしれない」と言っていたので、今日は堕天使の私室に乱入しているのだった。さすがにアポイントなしは可哀想かと思ったけれど、いの一番に魔王さまが彼の部屋の扉を開けてしまったので仕方ない。この王さまは思い立った瞬間には物事を成している性格らしい。
堕天使もいつものことだと思っているようで文句は言えども怒ってはいなかった。それよりも何か別のことに気を取られている。堕天使はこの前見せてくれた映像子機(変な目玉生物の形をしている)を抱え込んでため息をついていた。普段
「姫が紅茶を飲みたがっているのでな」
「意外に要点がそろっているのね。最初から貴方の部屋に来れば良かったわ」
「その急な理不尽加減は魔王サマそっくりだな」
「貴方に言われたくないけれど」
「あ!?」
私まだ根に持っているのよ。そう目で訴えると「やれやれ」と言って両手を挙げて降参のポーズを見せた。私はまた棚に並んでいる紅茶の缶に目を戻す。銘柄しか缶に書いてないみたいね……
「貴様が先ほど見ていた
「ああ。あんたの危惧してた通りに動いてんだよなあ」
「このダージリンはセカンドとファーストどちらなの?」
「ただの安いブレンドですよお姫サマ」
「そうなの……」
「希望があれば今度買ってきてやろうか?」
「えっじゃあ……ん!? 買うってどういう」
「いや俺時々人間界行くし」
「えええっ!」
なんで!? 驚きのあまり手が滑って缶を落としそうになるのを間一髪でキャッチした。なぜか魔王さまから「おお」と感心の声が漏れる。
「ゲートは閉じてるんじゃ」
「それは姫サマと不穏分子を通さないだけだろ。偵察班は普通に人間に化けて出入りしてるし」
「じゃあ私もちょっとだけ……!」
「ダメに決まってんだろ」
「なんでよお」
無言で魔王さまの腕が伸びてきて抱き込まれてしまった。やっぱり正面突破は無理なのね。ちょっとくらい里帰りしたっていいじゃない。
むくれる私の頭を撫でながら、魔王さまは堕天使の持つ目玉型子機を指さした。
「話は戻るが」
「おう魔王サマよ、ご指示をどうぞ」
「制圧だ。それ以外無い」
「悲しいなあ」
「微塵も思っていないであろう」
そういえばさっきから何か私の知らない話をしている。大げさに泣くふりをする堕天使と、それを見て鼻で笑う魔王さま。私は首を傾げた。
「姫サマも気ィ付けろよ。っつっても城の中にいりゃ平気か」
「何か危険なことでもあるの?」
「ダークエルフの連中が散り散りになってる。普段は一族で固まってる奴らがこういう事するときゃ大抵ろくでもない目的だからな」
「ふうん」
「興味なさそうだなあ」
魔王城にいる時間が長いせいか、そういった内容の話には慣れてしまった。きっとまたこの間みたいにゴーレムかなにかが反逆者を一掃して簡単に済ませてしまうのだろう。
慣れって怖い。今の私、すごく残酷なことを平然と考えているわ。
「ダークエルフは強大な魔力と生命力を持つ種族でな。“我が一族の者の方が魔王にふさわしい”とやらで数百年因縁を付けてくるので長年困っているのだ」
「そんなに長い間盤上をひっくり返せていないのに頑張れるものなのですね」
「……そう、だな」
「ははは! もっと言ったれ」
「ん?」
もしかしなくても、私ったら辛辣なことを言ってしまったのではないかしら。堕天使はもちろん魔王さままで肩が揺れている。けれど、まあいっか。ここには「口が悪い」とたしなめる人なんていないわけだし。
「まあ、そういうことだからな姫サマ」
「準備はできている。一掃してくれよう」
「じゃあ私も少し大人しくしていた方が良いのかしらね」
「そうしてもらおう」
「なあに、今からちょっと行ってくるから姫サマが紅茶を飲んでる間に終わるだろ。で、何にすんだ?」
「ダージリンをお願いするわ」
「りょーかい」
それから私は椅子に座るように促されて、大人しく待っているようにと念を押された。堕天使の羽根は紅茶を淹れるのもお手の物らしくとても手際が良い。ひらひらと四枚の羽根が舞いながら優雅にティーポットに茶葉を入れてゆく。私はそれをぼーっと眺めながら「蒸らすのは二分にしてもらえるかしら」と呟いた。
二人は椅子に座るでもなく何かを打ち合わせているようだった。ぼそぼそと聞き取れないけれどいつになく真剣な表情だ。ダークエルフというのは私が思うよりも手強い相手らしい。
「じゃあな」
「行ってらっしゃいませ、魔王さま」
「む」
「俺にも言えよ!」
案外堕天使をからかうのは面白い。もしかして魔王さまもそういう気持ちで彼にきつく当たっているのかしら。ほんの少しだけ彼を気の毒に思う。ほんの少しだけ。
「……おいしい」
一口すすると口の中で花のようなフレーバーに爽やかな渋みが広がった。久しぶりすぎて懐かしささえ感じた。前までは毎日のように飲んでいたのに。
「急に静かね」
広い部屋に私だけがぽつんと座っている。静かすぎて自然と独り言が漏れてしまう。だめだめ。たまにはこういう風にゆったりしようと考え直して、ゆっくりと目を閉じた。紅茶の良い香りで頭が満たされる。
……そう、私はこのとき思ってもみなかったのだ。まさか安全だと思っていたこの場所で、大変なことが起こってしまうなんて。
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