第16話 違和感はまどろみの中
そう。やっと私は魔王城の出入り口を見ることが出来る。進歩だわ。
……と、思っていたのだけど。
「な、なにこれえ」
「すごいだろ? 実用性と魔王様の趣味が合わさった力作だぜ」
悪趣味の間違いだと思う。そう言いそうになったのを必死にこらえて私は曖昧な返事をした。ラミアの二人に連れられたのは廊下の突き当たりだった。そこは他より少し開けていて、ちょっとした部屋のようにも思える。そしてお城の壁際らしく小さな窓が真正面にある。少し改装すれば休憩スペースにもなりそうな場所なのに。窓の景色は相変わらず真っ暗な
「出入り口というよりは、落とし穴のように見えるのだけど」
「その通り! ここは通称“地獄の穴”。魔王さまの許可を得ない不届き者は必ずこの穴にたどり着くのさ」
この場所の中央に大きな黒い穴があり、そこから何本もの腕がひしめき合ってもがいていた。小さな呻き声も聞こえる。苦しいのかしら。
私にもはっきりと分かるほどの禍々しい敵意と恨みの感情がこもった魔力が穴の中で渦巻いている。見てはいけないモノだった気がする。
「遙か昔からいるんだ、反魔王勢力ってヤツがね。魔王様の首なんて取れる訳ないのに」
「面倒だから術式でここに集めてゴーレムで一掃してるの」
「さっきそこの駄犬がゴーレムとじゃれて魔石取っちまいやがったから、ゴーレムが崩れて仕事ができなくなったんだよ」
「そ、そうなの……」
思っていたのと全然違うものだったので戸惑いを隠せない。私の隣で置物のようになったケルベロスが「くぅん」と力なく鳴いた。反省しているらしい。
呆然としていると、ラミアの彼が先ほど私が渡した綺麗な石を砂山に放り投げた。彼が何か言葉を呟くと、みるみるうちに砂が固まりヒト型になってゆく。まるで砂でできた甲冑を着た大男のような姿が完成した。
――あ、あれが崩れたゴーレムだったのね。ただの掃除してない砂の山だと思ったわ。
「
おそらくゴーレムを動かす言霊なのだろう、私には聞き取れない言葉で更に彼は言葉を続ける。ゴーレムは静かに向きを変え、地獄の穴を見つめる。
「あ、姫は見ちゃダーメ。刺激が強いわ」
「わっ」
ラミアの彼女に優しく目隠しをされて何も見えない。驚いて体が跳ねるのと地響きするのが同時だった。しばらくして穴の中からうめき声が聞こえなくなり、彼女の手が私から離れていく。数回瞬きして穴をもう一度確認すると、先ほどまでうごめいていた腕が跡形もなく消えてしまっていた。
「あそこにいた魔物たちはどうなってしまったの?」
「内緒」
「……
今は静かになって何もなくなった穴をじっと見つめた。暗く深い穴は底が見えない。あんなに深かったなんて。呆然としているとラミアの兄妹の鼻で笑う声がした。
「なあに、権力争いは人間の世界でもよくあることだと聞いてるよ」
「そうかしら……そうかも、しれないけれど」
「でもさ、これでも魔界はずいぶん平和になったもんだよなあ」
「ちょっと前なら考えられないわ。昔は序列争いだけじゃなくて特に意味も無く他の領地荒らしたり、種族狩りなんてのも流行ったりしたけど。今じゃ過激派以外はとってもおとなしくなったもの」
「なにか理由があるの?」
「なにかってそりゃもちろん魔王様だよ。あのお方がそういう風に統治してるんだから」
「なんだか牙を抜かれた気分。でも悪くないわ。この城はそういう奴らが集まって魔王様を支持してるのよ」
魔王さまを思っているのか、悪態をつきながらも二人の横顔はとても穏やかだった。
***
「……何か言いたいことがあるのか」
お城の散策から戻ると、決まって魔王さまは私を膝の上に乗せてしばらく観察をする。意図はよく分からないけれど、この無言の時間がとても緊張する。
しかし今日は膝の上に乗せてからすぐに訝しげに目を細めてそう問いかけてきた。心が読まれているようで落ち着かない。
「いえ、そういうわけではないのですが。不思議だなと思っていました」
「不思議?」
「ごめんなさい。うまく言葉にできません」
「そうか」
この表情はどういう気持ちなのだろう。いつもの無表情に戻った魔王さまは特に気分を害したようではないようだ。二つの赫い瞳がまじまじと私を見つめている。それから私はその腕に絡め取られて彼の胸へと沈んでいった。
不思議だ。油断はできないと肝に銘じたはずなのに、ここで暮らしていく内に警戒することを忘れてしまう。腕を伸ばして私も抱きしめ返してみると頭を撫でられた。
――魔界の統治は現魔王さまから始まった。どうしてそうしようと思ったのかしら。魔王という存在は、平和や平穏から一番遠いものだと思っていたのだけれど。
「最近、こうしているとなんだか落ち着きます」
「…………そうか」
魔王さまは私のことをよく調べ上げて知っているらしいけれど、私は彼を何一つ知らない。知らないのに。なにかよく分からないけれど、時折なにかが心に引っかかる時がある。
なんでだろう、なにかしら。漠然と考えている内にだんだんと眠くなってしまい、私はまどろみの中へと落ちていったのだった。
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