第15話 捕食者はどちら?


 さて、今日はどこへ行こうかしら。

 昨日は魔王さまと一日過ごしたせいか、今日は玉座から降ろしてもらうのにすごく時間がかかってしまった。「今日は一人で行くのか」とか「私も行こう」みたいな事を延々と言われ、その一つ一つを必死に流して今に至る。出かける前から疲れてしまった。そうでなくても一緒に行かなくてもどこからともなく話しかけてくるのに。

 確かに昨日のドラゴンはとても礼儀正しかったのでまたゆっくりお話はしてみたいのだけれど、少し魔王さまの圧が強すぎる。


「姫、前方に注意を」

「バウバウガウッ!」

「きゃああ!」

「……遅かったか」


 ぼーっとしながら歩いていたせいで勢いよく突進してきた何かを避けることが出来なかった。よろけながらなんとか踏ん張って尻餅をつかないように頑張る。この辺はとても綺麗だからスライムが通ったばかりかもしれないし。

 それにしても一体何がぶつかって来たのかしら。危ないじゃない。眉をしかめながら見下ろすと、見覚えのある毛玉があった。


「ガウウ」

「あら、もしかしてケルベロスなの?」

「バウ!」


 そこにはなんとも可愛らしくなってしまったケルベロスがいた。昨日はあれほど大きかったケルベロスが今や私の腰くらいの丈にまで縮んでしまっている。三つ首であること以外は普通の大型犬と相違ない見た目だ。それぞれの頭を順番に撫でると嬉しそうに鼻を鳴らした。


「こんなに小さくなって……自由に走り回っていいのかしら」

「奴が縮んだせいで檻の隙間から抜け出したのだろう。急いで作り直さねば」

「そう、短い間の自由なのね」

「ガウ……」


 心なしかケルベロスが落ち込んでいるように見える。先ほどまでぶんぶんと振っていた尻尾が情けなく垂れた。頬をすり寄せてみると、私の肩に首を乗せてまた鼻を鳴らした。


「こんなに良い子になったんだもの。別に縛らなくていいと思います」

「……事態は急を要するな。明日中には檻を完成させる」

「ガウ……」


 余計なことを言ってしまっただろうか。魔王さまが明らかに不機嫌になってしまった。かわいそうに、ごめんなさい。

 反省しながらその背を撫でていると、ふわふわの毛の中になにか引っかかるモノがあった。優しく取り出してみる。


「宝石?」

「あー! やっと見つけたぞこの駄犬があ!」

「ちょっと兄さん待って!」


 ズルズルと何かを引きずる音と二人分の声が近づいてくる。びっくりして顔を上げると、廊下の暗がりから二人の魔物が姿を現した。

 大人の男女、しかし両方とも下半身は蛇の胴体だった。私は大きな蛇の鱗に卒倒しそうになるのをぐっとこらえた。力みすぎて体が震える。


「って! 魔王様の姫がなんでここに!」

「ひいいい殺されるわよ! ひれ伏しなさいよ!」

「あ、あの。落ち着いて」


 なぜか向こうの二人も私を見て震え上がり、駆けてきた勢いのまま滑り込むように私にひれ伏した。えっと、これはどうすればいいのかしら。それにそんなに激しく体を引きずったら傷ついて痛そうで困るわ。そんな私たちの怯えが伝染したのかケルベロスまで震え始めたから収拾がつかない。


「頼む姫! その石を渡してくれたらすぐ立ち去るから!」

「殺さないで!」

「殺さないから逃げないで。どうしてこんなことに……あっ」


 思い当たる節がひとつ。魔王さまの触書だ。一体どんな恐ろしいことが書かれていたのだろう。堕天使が言ったことはきっと内容をかい摘まんだだけで、本当はもっと過激なことが書かれていたに違いない。

 もちろん私はここまでして欲しかったわけではない。命の危険に怯えずに日々を過ごしたかっただけなのに。ひれ伏したままの女の子の肩にそっと手を置いて顔をのぞき込んでみる。大きな瞳が震えながら私の姿を捕らえた。薄く開いた口から見える鋭い牙はまさに肉食動物のそれなのだけど、これではどちらが捕食者なのか分からない。


「私はこのお城の皆とお話ししてみたいの。欲しい石はこれのことかしら」

「そう、それがないとゴーレムが動かなくて」

「ゴーレム? 見てみたいわ、この近くにいるのかしら!」


 蛇の男女はお互いに顔を見合わせて呆気にとられた顔をしている。私は首をかしげながら石を男の子の方の手に返した。


「いいけど……すぐそこだしな」

「魔王様の所へ戻らなくていいの? そんな寄り道して大丈夫?」

「寄り道もなにも、私はこのお城を探索してるのよ。色々知りたくて」

「へえ……?」


 いくら私が説明しても腑に落ちなそうな顔をしているので、私も更に首をかしげる。しばらくはてなの応酬が続いたのちに蛇の彼女がおずおずと話を切り出してくれた。


「いや、魔王様は人間界から連れてきた姫を大層寵愛してるようだから、てっきり私らの目に触れるだけでも殺されるのかと思ってたけど」

「けっこう自由なんだな」

「そんな大げさな……ねえ魔王さま」

「……」

「魔王さま?」


 不安になるので返事をして欲しい。まさか本気だったとは思いたくはない。

 私は今まで人気ひとけの無いお城なんだなあ、なんて思っていたのだけど。どうやらそうではなく、皆私のことを避けていたのだとしたら寂しいことこの上ないわ。


「皆に会ったら一人一人に弁解しなきゃ……」

「と、とりあえず移動しようか。ゴーレムはこっちよ」

「魔王城のゴーレムは俺たちラミアの一族が世話してんだ。作ってんのは別の一族だけど」


 なんだか二人に気を遣わせてしまった。切なくなるのはお終いにして、ゴーレムの話を詳しく聞きましょう。

 そういえば、人間界でも上半身がヒト型で下半身が蛇の魔物はラミアと呼んでいた気がする。あちらの世界でそんな強い魔物を見たことがないから忘れていた。


「早くゴーレムで城の出口塞がないと色んなモノが入ってきちまうからな」

「で、出口ですって!? あ、こほん」


 予想だにしない単語を耳にして思わず声がうわずってしまい慌てて咳払いをしてごまかした。あぶないあぶない。


「そうそう、この角を曲がった先に出口の一つがあるんだよ」


 私は魔王さまの転移魔法でこのお城に来たので出入り口を見たことがない。今すぐには無理としても出口そのものを見られるなんて運が良いわ! 私は軽い足取りで二人のラミアの後をついて行くのだった。

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