第14話 上空旋回空の旅
「体勢が整ったら教えてください」
ドラゴンは喉を鳴らしながら大人しく待っている。慌てふためいた私とは正反対に二人は落ち着き払っているのでなんだか恥ずかしくなってしまう。
「そうね、私ったら落ち着きがないわね」
思えば昔からそうだった。上品に振る舞う姉様たちの横で私はいつもドジを踏んでいた。舞踏会で足をくじいたり、淹れたての紅茶を足にこぼしたり、ドレスの裾を踏んで階段から転げ落ちたり……そういう時は決まってしゃんとしなければならない時だったりするのに。
なんだか思い出したら悲しくなってしまったわ。忘れましょう。
「このままでは景色が見えんな。これでどうだ」
「うっ」
そんな私の心境など知らない魔王さまは私の体をぐるりと反転させた。その勢いが良すぎて半回転なのに目が回りそうになる。うう、気持ち悪い。
なんだかすごく気を遣われているようだけど、細かいところは雑に扱われている気がする。今までの行動を見ていると彼はけっこう大雑把なのかもしれない。神経質そうな顔してるのに。
それはそうと今のこの体勢はどうだろう。後ろから抱きかかえられて二人で前を向いて立っている。確かに見晴らしは良いのだけど、こう身動きがとれないとなると恐怖でしかない。
「
「そうか」
魔王さまは顔色一つ変えずに今度は私を横抱きにする。そうね、これならまだ罪人感はないわ。私も掴まっておこうと彼の首に腕を回した。……か、顔が近い。
近くで見ると魔王さまの顔はやはりヒトとは違う作りをしている。血のように赫い瞳の中にある針のように細く縦長な瞳孔や、薄く開いた口から見えた鋭利な牙。やっぱり近くで見ると怖い。それにしても睫毛長すぎじゃないかしら、私よりありそうね。
視線に気がついたのか魔王さまは一瞬だけこちらを見て、またすぐに反らしてしまった。さらにしっかりと抱きかかえられて私の顔が彼の首筋に埋まる。
「お前は掴まる力が弱いようだ。支えておこう」
「どうかよろしくお願いします」
両腕で抱えられると安定感がある。けれど、このまま飛んでしまっていいのかしら。魔王さま自身はどこにも掴まっていない。ただ仁王立ちしているだけだった。
「飛べ」
「仰せのままに」
再び同じやりとりをしてドラゴンが翼を広げる。ほんの少し動くだけで嵐が巻き起こって城の柱が削り取られてゆく。ああ、こうやって壊れていくのね。
あまりの風に目を開けていられなくなって思い切り目をつぶる。風を切る音と、不安定な揺れと、たまに体が宙に浮く感覚と。
「十分だ。しばらく滞空していろ」
「御意」
魔王さまの指示通りに滞空しているのか、揺れや風がおとなしくなった。もう大丈夫みたい。私はゆっくりと目を開けた。
「わあ」
思わず小さく感嘆の声が漏れた。目をつぶっていたのはほんの少しの時間だったのに、魔王城が手のひら位の大きさまで小さくなっている。ずいぶん高く飛び上がったのね。
先ほどまで
「魔界はこんな風になっていたのですね」
「都市は三つ、城から遠いほど無秩序だ」
「むちつじょ……森や山、遠くには海も見えますね」
「そこには種族間でのみ群れる個体や自然と生きる個体がいる」
「あの火山にもですか?」
「基本魔族はどこにでもいる」
森の木々や海の水がなにやら毒々しい色をしている気がするし、遠くに見える火山は噴火し続けていてやむ気配はない。けれど根本的な所はあまり人間界と変わらないように感じた。もっと血や争いで荒れ狂っているのかと思ったのに、案外普通なのね。勇者のおとぎ話にはもっと野蛮に描かれていたはず。あれは誇張だったのかしら。
「気に入ったか」
「そうですね、いずれ行ってみたいです」
「お前を城から出す気はないが?」
「えっ」
見せただけですか。行かせもしないのにただ単に見せただけなんて。ひどい。
……ってそうじゃなかったわ。私も乗り気になってしまったけれど、魔界の脱出経路を探すのが先ね。危うく好奇心で忘れるところだった。
「お城が靄に包まれているのはなぜですか?」
「私が生まれる前からそうだったが、城に施されている呪術を少しいじったらなぜか濃くなってしまった」
「害は……」
「ない」
あの靄は明らかに瘴気の類いな気がする。現に靄から出た今はとてもすがすがしいし。本当に害はないのか不安すぎて眉にしわを寄せてしまった。
「なんだその目は」
「不安を感じました」
「靄といってもただの瘴気だろう。むしろ魔力がみなぎるせいで城の連中がうるさい」
ああ、なるほど。魔族にとっては逆なのね。もう考えないようにしましょう。首をかしげる魔王さまに「そうでしたか」と流してこの話題を終わりにする。
ドラゴンはしばらく滞空していたが、やがて羽ばたきせずにゆっくりと辺りを旋回し始めた。
「私の国にもドラゴンの伝承がありました。その力はとても強大で、国を恐怖に染まらせる存在だと」
「そうだな……人間など到底敵わないだろう」
「我らドラゴン種は魔界最強を誇っております。まあ、王を除いてですが」
ドラゴンは誇らしげに鼻を鳴らした。どうやら、強くあることにプライドをかけているらしい。その上とても礼儀正しいし忠誠心も高い。これは良い家臣の証ね。
「この翼なら遠くの街までひとっ飛びでしょうね」
「そうだな」
「移動の際はドラゴンの背に乗るのですね」
「いや、転移魔法の方が楽だろう」
「あら」
そういえば魔王さまは魔王城どころか私のお父様の謁見の間まで転移魔法で来ていたのだった。魔法で行けない場所がないなら、ドラゴンの背に乗るは必要は無い。
少し寂しい。それではせっかくの力が宝の持ち腐れになってしまう。
「契約獣と言えば戦闘中の召喚かしら。この子とても強そうですもの」
「王の手助けなど畏れ多い」
「私に補助など必要ない。雑魚など軽くなぎ払える」
「ううん……?」
よく分からなくなってきた。それならなぜ魔王さまはドラゴンを召喚獣として契約しているのかしら。
移動も戦闘も必要ないのなら、他には……
「ではなぜドラゴンを契約獣にしているのですか」
「なぜとは……姫は、ドラゴンと戯れるのは好まないのか」
「そうではありませんわ」
「なら良い。お前もよく見ておけ」
「……あ」
そうか、なるほど。私は少し考えてようやく答えを見つけた。元は凶悪な力を持つ獣だから、私は大事なことを失念していたみたい。
よくしつけをしていて飼い主に忠実、芸も達者で人見知りもなく愛嬌もある。これは私たち人間が犬猫を飼うのと同じ感覚なのだ。
愛玩動物に損得や利便や実用性を求めるのは間違っていた。私は考え直して魔王さまにそっと囁いて笑う。
「確かに、これは可愛いペットですね」
「そうだろう」
魔王さまはとても満足気に口角を上げた。
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