第18話 出たな妖怪世継ぎジジィ


 あらためて邪神像の広場とやらに目を向けてみる。確かにスライムが言ったとおりちらほら魔物が像の近くにいるのが見えた。それぞれ思い思いに腰掛けたり寝そべったりしてくつろいでいる。


「私ったら、まだ大してお城の中を探索できていないのよね。初めて見る魔物ばかりだわ」

「怖いですか?」

「少しね」

「大丈夫ですよ! 皆見た目通りの性格をしていますから!」

「それはもっと安心できないわね」


 ここでまごまごしていても仕方ないので私は大広間の中心に向かって歩き出した。先ほどまで先導していたスライムとウィルオウィスプが、今度は私の後ろをついてぴょこぴょこと跳ねてついてくる。なんだか私の従者みたいだった。


「お掃除はいいの?」

「今してますよ!」

「歩き回るだけですべてのモノが溶けて燃えるので」

「ちゃんと端からやらないとどこを掃除したか分からなくなるわよ」

「僕はもっと姫さまとお話するんです!」

「駄々こねないの。ほら、仕事なんでしょう」

「分かりました」

「うわあん!」

「頑張ってね」


 嫌だ嫌だとごねるスライムをウィルオウィスプが引きずっていく。私は二人にに手を振って再び歩き出す。心が痛むけれど仕方ない。甘やかしてばかりではあの子がだらしのない子になってしまうから。それに、きちんと言いつけを守らないと後であの子が魔王さまに怒られてしまうかもしれないし。私と遊んでいたせい、なんて可哀想だわ。


「雑魚の分際で姫からねぎらわれるとは」

「きゃう!」


 また魔王さまが余計なことをしている。別れの言葉から少しの間も開けずにスライムの悲鳴とジュワッという蒸発音が背後から聞こえてきた。もう怒ってしまうなんて短気過ぎやしないだろうか。


「私の方が毎日苦労しているというのに」

「スライムったら……かわいそうに。痛くないのかしら」

「僕に痛覚はありませんよ! でも体が小さくなるとちょっと切ないです!」

「わりと平気そうなのね」

「私は無視か」

「さっき私のことも無視しましたよね」


 ほら、またそうやってだんまりになる。魔王さまはまた静かになった。

 そして私の心配はよそにスライムは何事もなかったかのように部屋のすみっこをふらふら這い回っている。なんだか複雑だわ。心配するだけ無駄な気さえしてくるもの。

 それに魔王さまはウィルオウィスプには何もしないらしく、理不尽にもスライムが魔王さまの八つ当たりを一身に受けただけだった。確かに彼はスライムと違って繊細そうなので、あんなことをされたら傷つきそうではある。もしかして、そこら辺の線引きはしているのかしら。


「貴女が噂の人間の姫君ですかの」

「ひいい!」

「これはこれは失礼」


 あ、危ない。もう少しで口から心臓が飛び出るところだったわ。死角から突然人影が現れたものだから思わず変な悲鳴が出てしまった。

 呼吸を整えて落ち着かせていると、真っ黒なフードを被ったガイコツが私に向かってカタカタと会釈をしてきた。なので私もドレスをつまんでお辞儀をする。


「おお、おお……麗しや……」

「ごきげんよう、ガイコツさん」

「ごきげん麗しゅう……スケルトンとお呼びください」

「分かったわ。スケルトン」


 なにぶんガイコツなので詳細は分からないけれど、ずいぶんと歳を召しているのを感じる。骨だけでも歳はとるのだろうか。私がまじまじと観察していると、スケルトンはカタカタと体を揺らしながら辺りを見回し始めた。


「貴女のような方がこのような場所においでになるとは……」

「皆と話をしてみたくて、ってあら? さっきまでいたのに」

「他の者は緊張して逃げてしまいました……ひひひ」


 笑い方怖いわね……ってそうではなくて。気がつけば先ほどまでちらほらいた魔物の姿が忽然と消えてしまっていた。前回のラミアたちの怯え様を思い出して切なくなる。ここの魔物もそうだったのかも。


「緊張なんてしなくてもいいのに」

「しますとも……貴女と話すことすなわち、魔王様と話すことと同義ですので……」

「ああ、なるほど」


 確かにそうかもしれない。私が何かをするつもりはなくても、私の後ろ魔王さまがいつ怒るか分からない。なかなか思うようにはいかないものね。


「貴方は緊張しないのね」

「ひひひ……もう何百年、いや千年……魔王様のそのまた前の前の代まで見てきた老体に怖いものなぞありはせんて」

「ずいぶん長生きなのね」

「しかし生きすぎた……もう長くはないですぞ」

「えっ」

「もう秒読みじゃて……」

「そんなこと言わないで。まだ貴方は元気よ」


 なんてこと言うの。私がどうフォローをするか悩んでいると、スケルトンは声を一段低くして何かぼそぼそと私に問いかけた。

 それが聞き取れなくて首を傾げているともう一度、今度は片手を口に当ててヒソヒソ話をするポーズをとって話そうとしている。なので私もつられて耳を近付けると、


「まだかの」

「何のこと?」

「世継ぎはまだかの」

「……は、はああああ!?」


 とんだ爆弾発言だった。一瞬意味がわからなくて固まってしまい、数秒経って仰け反ってしまった。


「なんてこと言うの!」

わしは本気じゃ。老いぼれの唯一の楽しみじゃてひひひ」

「そ、それにしたっていきなり」

「間違ったことは言っておりませんぞ」

「ま、まあ……ええ」


 スケルトンの言う通りだ。結婚すなわち子孫を残すこと。確かに間違ってはいない……いないのだけれど。


 私は魔王さまとそんなことをしなければならないの? いや、そうよね。そうなるのよね。え、いや、でも……

 こうして私がしどろもどろになっている間も、あの王は何も言ってはこない。絶対玉座から見ているはずなのに。それがかえって怖さ倍増になる。

 そしてスケルトンは私の反応をずっと見て楽しんでいるらしい。カタカタと頭蓋骨が揺れてひひひと笑い声が漏れている。慈悲はない。


 だ、誰かたすけて……


「出たな妖怪世継ぎジジィ」


 助け船! と喜んだのも束の間、振り返った先にいたのは堕天使だった。


「げっ」

「げってなんだよ。せっかく助けてやろうと思ったのに」


 思わず口から本心が出てしまい、堕天使が眉をしかめた。しまった。そんなつもりはなかったのだけど。


「ごめんなさい、つい……」

「謝る気ねぇだろそれ」

「おお、堕天使どの。忙しい身のそなたが珍しい」

「珍しく休憩しようと思ったらこれだよ。ジジィも早くどっか行け」

「ひひひ、残念。御意……」


 そんなにハッキリと言ったら傷付かないのかしら。そう思ったけれどスケルトンは案外素直で楽しそうに踵を返して去っていった。

 なんだかここの住民は心臓に毛が生えているというか、そこら辺が強くできているようね。


「助かったのだけれど、ちょっとスケルトンには悪いことしたかしら」

「構いやしねぇよ。あのジジィは女を見たらすぐセクハラしやがる。まあ気にすんな」

「そ、そう」


 じゃあなと手を振る堕天使に手を振りかけて、私は良いことをひらめいた。なので間に合う内に、と彼がどこかに行ってしまう前に大声で呼び止めたのだった。


「待って! 私、貴方の仕事場を見てみたいわ!」


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