第11話 魔王さまの趣味は観察


 うっかりしていたわ。私はまだこの階を降りたことがないのに、中庭になんて行けるわけないじゃない。

 今日はスライムもおらず、一人で悠々と散策をしていた……はずだった。

 このお城は広すぎて自分がどこに向かっているのかも分からない。そしてところどころ転送用の魔方陣が壁や床に仕掛けられていて、興味本位で飛び込みまくっていたら迷子になってしまったらしい。


「それ以上転送陣には入るなよ」

「ひゃっ」


 基本的に魔王さまは私を自由に行動させているけれど、本当に駄目なところはこうして突然声で制止される。そんなに禁止されたら気になるじゃない。

 もしかしたらこのお城を抜け出す糸口が……


「入るなと言っている」

「ごめんなさい」


 少し欲張りすぎてしまった。怒らせても良いことは何もないのでおとなしく従うことにする。それにしても、同じ風景ばかりで飽きてきたわ。

 私は辺りを見回して適当な場所に話しかけてみた。


「ねえ魔王さま」

「なんだ」

「この辺にどこか部屋はありませんか? 廊下を歩くのに飽きてしまいました」

「自力で探索するのではなかったのか」

「だってこの辺、“入るな”“行くな”と言うばかりで」


「なに廊下のど真ん中でいちゃついてんだ?」

「わああ!」


 また背後からいきなり堕天使に声をかけられて私は間抜けな動きで距離をとる。このおどかしは何度されても慣れない。


「姫サマは毎度おもしれえなあ」

「驚かさないでと言っているのに!」


 意地の悪い笑みをへらへら浮かべながら堕天使が距離を詰めてくるので、私はその分だけまた後ずさりをする。少しでも油断したらどうなるか分からない。


「しっかしなんで姫サマがこんなとこにいんだ? 住居エリア越して危険スレスレ区域じゃねえか」

「そうなの?」

「おう。色んな研究や呪術、後はこの城のエネルギーを作り出すコアがあったりしてだな。ただの人間の姫サマがちょっと道外したらパン! てなるぜ」

「パン……」


 それは私の体がはじけ飛ぶという事かしら。堕天使は大げさに両手を広げて爆発のジェスチャーをして見せた。


「貴方はどうしてここに?」

「ここの巡回も俺の仕事の一つだからな。魔王サマの右腕は忙しいんだよ」

「え、右腕……? 意外ね」

「言いたい放題だなあんた」


 不機嫌な顔で堕天使は右手を振り上げて、シュッシュッと私の頭を殴るふりをする。乱暴な物言いと態度だけど本当に乱暴はしないのでそこだけは安心できる。

 それでも魔王さまのお気に召さなかったのか、何度目かのシュッで堕天使の拳がパン! となった。


「いってえ! つーかなんで止めねえんだよ」

「いや、好奇心で考えもなしに転送陣に突っ込む姫が面白くてだな」

「危ねえなあ」

「本当に楽しそうだったのだ」

「分かった分かった。くそ、調子狂っちまう」


 やれやれと堕天使が頭をかく。ふと一瞬だけ、私を見る目が鋭く光った気がして背筋が凍った。き、気のせいだと良いけれど。

 ぎょっとして思わず目を反らしてしまった。おそるおそるもう一度堕天使をみると、すでにいつもの意地悪笑いに戻っていた。


「ま、いいや。早く戻ってくれよ」

「……道が分からないわ」

「は?」

「その、気の向くまま来たものだから、ね?」

「しょうがねえなあ」

「問題ない」


 ふわりと黒いローブに包まれた。ああ、また私は魔王さまに回収されてしまうのね。それを見て堕天使は少しだけ顔をしかめた。


「なあ、ちゃんと仕事こなしてるよな?」

「愚問だ」

「ならいいけどよ。じゃあな」


 カツンと靴を鳴らしたかと思えば、瞬きする間に堕天使はどこかに消えてしまった。いつ見ても高度な転移魔法ね。このお城の魔物は皆使えるのかしら。


「帰るぞ」

「あ、待ってくださらないかしら」

「なんだ」

「今日は廊下をただ歩いただけなので物足りないのです」

「転送陣であんなに遊んだのにか」

「そ、それは別として。最後にどこか行かせてください」

「む……」


 渋る魔王さまにもう一押し。無言で数秒その目を見つめた。赫い双眼が動揺で少し揺れた、気がする。

 そのまましばらくして、目を伏せため息をついて魔王さまは降参した。


「腹が減った」

「え?」

「厨房に連れて行ってやろう」

「まあ!」


 この世界でもきちんとした食事が出されていたので、そういった施設があることは予想していた。興味はあったけれど自力ではたどり着けなかったのだ。

 魔王さまが言うやいなや瞬時に場所が変わった。転移魔法だ。先ほどまでの静寂の廊下とはうって変わって炎の熱気とたくさんの魔物の活気で満ちている。


「出来たぞ盛り付け班!」

「今行きます!」

「肉どこだよ!!」

「火ィ強すぎだ!!」


 そこかしこから色んな声が響いてくる。大きなホールのような一室に、何十もの魔物が忙しなく料理を作っていた。


「とても広いのですね」

「ここで城すべての食事をまかなっている」

「ここで働く方も多いのですね」

「大抵は下級の悪魔だ」


 そう魔王さまは言いながら、近くのテーブルに置いてあったよく分からない生き物の細い足を一本盗み食いしていた。勝手に取ってしまって材料が足らなくなったりしないかしら。

 それにしても、ここら辺に置いてある食材の見た目はおかしなものばかりだ。見たこともない毛色の鳥や少し気持ち悪い形の魚や植物がたくさんある。出されていた料理は人間界と似たような見た目の普通のものだったのに。

 まあとりあえず、あまり深く考えない方が良さそうだ。


「ひいい魔王さま! どうしてこんな場所に!」

「構わん。手を止めるな」

「はいいい!」


 近くにいた悪魔が私たちに気がついて震え上がった。そうよね、いきなり来たら驚くわよね。


「何か好きなものでも作らせるか」

「ええ……今この方たち、夕飯の準備で立て込んでいるのでは」

「問題あるのか? おい貴様」

「ひいい! ありません!!」

「なんだか申し訳ないことになってるわ……」


 横で炎にまみれて転げ回っている(釜の炎が引火したのだろうか)悪魔を魔王さまは掴みあげ、その炎を手で払いながら脅しをかけている。優しいのか恐ろしいのかよく分からない。

 悪魔は頭が焦げたままひれ伏していた。これは、私が何か頼まないとこの悪魔は解放されない流れみたい。


 私は少し唸って考えていたが、ふとあることを思い出した。名案だ。


「あのね、今ではなくて手が空いたときでいいの。作ってほしいお菓子があるのだけど」

「は、はい」

「それはね……」




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