感情欠損病

彩夏

序章

プロローグ 『ある村の伝説』

「おかーさん、この本なあに?」


 ある村で、ひとりの少年が本を指差して母親に聞いていた。少年はまだ幼く、文字を読むのが難しかったため題名が読めなかったのだ。


「これはね、この村の伝説について書かれた本よ」

「ふうん。何て言う伝説?」

「えぇっと…『感情のない魔女』ね」

「魔女…?魔女って、怖いの?」

「どうかしらね…」


 少年は不思議そうに首を傾げていたが、興味なさげに本を棚に片付けた。そして、遊ぶために外へ飛び出していった。

 そんな少年の姿に、母親はくすりと愛おしそうに笑みをこぼした。その後、少年が片付けたばかりの本を棚から抜き出し、読み始めた。



『感情のない魔女


 村の外れにある深い森の中。そこに、感情のない魔女が住んでいる。そして、彼女のことは少しの情報しか分かっていない。


 曰く、彼女は言葉を話せない。

 曰く、彼女は言葉を理解している。

 曰く、彼女は金髪の美しい少女の姿のまま成長しない。

 曰く、彼女は村のことをどこかで覗いている。

 曰く、彼女には、感情がない。


 ただ、これだけが分かっている――』


「レリィ…今も、貴女は――」


 母親は小さくそう――レリィとは『感情のない魔女』の名前だ――呟くと、かぶりを振った。

 その後、ただの一度もそのことを思いだすことはなかった。

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感情欠損病 彩夏 @ayaka9232

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