カルチャーフィットしない恋愛が墜落
いおりゆうり
1話にして最終章
私が、桜子と出会ったのは、とある合コンだった。「美容院の『院』って、なんだか厳かだね」
彼女のその一言に感動した。それから他愛のないのない会話に花を咲かせていると、ふいに彼女が鶏肉を箸でつまんだまま、「これは、絶品だわ!」と叫んだ。
相当の食通だ!!!、私は感心した。なんせ私は自分が今何を食べているのさえ分からないほど、食には無頓着な人間だった。それから桜子はさっと立ち上がって、すたすたと何処かへ向かっていく。すると、厨房の方から桜子の声が響いてきた。
「あんた達、鍋への冒涜もいい加減にしなさいよ!」
私と友人は慌てて厨房へと向かった。そこには、「チーフコック」と帽子にプリントされた男の胸ぐらを掴み、激昂する桜子の姿があった。
「どうしたんだよ」と私は慌てて、その間に割って入り、事の経緯を聞き出した。
というのも、その水炊きにいたく感動した桜子は、わざわざ厨房のチーフコックに挨拶にいったのだ。そして、その調理風景を見ていると、ある衝撃的な光景を目にしたという。
それは、出汁を取るための鶏がらを入れたビニール袋が鍋の中に若干浸かっていた、らしい。
「あんた達、それがプロとしてあるまじき行為だと分かっているの? ああ、なんて最低なところなの。例えるなら、トイレの便器に浸した注射器で注射するようなものよ!!!」
チーフコックはひたすら平謝りだ。私と友人の高木和則と間中一士と桜子の友人のマークドウェイン登美子三世とラーンバード蘭と、その場にたまたま居合わせた村上龍と小栗旬が、なんとかその場を取り持ち、桜子を座席へと引きづり戻した。
「あー。本当ムカつく。あんな奴らの鍋に感動していた私が!」
私は呆れながらも、その貪欲な姿勢に感動した。
「桜子ちゃんは、今世紀最高の鍋奉行だね」
桜子は不思議そうな顔をしていた。いや、馬鹿丸出しの、今にも口から涎を垂らしそうな。
「はあ?」
桜子の友人である波留は笑いながら、「渡辺さん、桜子はそんな言葉知らないよ」と言った...。
私は心底がっかりした。桜子は、これ以前に「ヨーロッパに旅行に行きたい」とか「将来はパリで暮らしたい」とか言っていた。
それなのに「鍋奉行」という言葉すら知らない。大切な母国語をおそろかにすること、安直に西洋かぶれする人間が私は大嫌いだ。
...そういう自分に気づいたのは、桜子と2年付き合った後、結婚をして3年目の夏だった。いろいろな不満が桜子にはあったが、振り返ってみれば、こういう「ところ」が私と彼女が決定的に合わないポイントだったのだ。
ただ、時間は元に戻らないし、離婚する労力は生まれないし、私は会社の総務課2年目の子と親密になり、桜子のことをひと時忘れることしかできない現状すらも苦痛。(了)
カルチャーフィットしない恋愛が墜落 いおりゆうり @kuroiwayu
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