ヤンデレ‥‥‥?(古瀬里奈視点)

 武流先輩が部屋から出て行き、元々私の部屋だったこの空間には私と千恵しかいない。

 少し可笑しな状況だと思う。

 けど、まさか寝ぼけて武流先輩のベッドに入っているとは思わなかった。

 私達が引っ越しする前まで、私はこの部屋を使っていた。この部屋には沢山の思い出がある。お姉ちゃんとの思い出や、ママやパパとの思い出。

 壁に描いた落書きの跡が、部屋の壁隅に残っていた。

 沢山の良い思い出があるけど、同時に沢山の悪い思い出もある。パパとママが毎日のように喧嘩していたり、隣の部屋からお姉ちゃんが出て行ったり、私にとってこの家は、ある意味地獄の様な場所なのかもしれない。

 

 けどそんな場所にまた私が訪れたのは――――ちゃんとした理由がある。


「古瀬先輩が皮かぶってるって・・・」


 親友の千恵が私を訝しそうに見てくる。

 千恵の気持ちもよく分かる。だって私も同じ立場だったら意味が分からないと思うから。

 でもお姉ちゃんの事は私が一番よく知っている。だって、大好きだから。

 お姉ちゃんの普段優しい所や、怒ったらとても怖い事とか、全てが完璧に見えて少し抜けている所とか、私は全部知っている。だから、千恵には分からなくてもいい。

 私はただ、お姉ちゃんに笑ってほしいの。

 

 あんな薄っぺらい皮を被った笑みじゃなくて――――。


 学校でのお姉ちゃんは本当に見ていられない。

 あんなの、本当のお姉ちゃんじゃない。

 私の知っているお姉ちゃんは、嫌なことは嫌ってハッキリ言うし、人の先頭に立って皆を先導するようなカッコいいお姉ちゃんなの。告白されてやんわりと断るような女性じゃない。優しく振るから、後続が絶たないんだよ。

 お姉ちゃんは物凄く美人。だから必然的に男子はお姉ちゃんを我が物にしたいと躍起になる。

 まるでハイエナのように、薄汚い男共はお姉ちゃんに近づく。

 お姉ちゃんは、あいつらの様に気持ち悪くて、臭くて、自分の事しか考えていないような低能共とは違うんだ。まず、比べること自体烏滸がましい。


「それって本当なの里奈・・・?」


「・・・うん、まあ、そうだね」


「ずっとあれが素だと思ってた・・・」


 千恵は心底驚いたようにつぶやく。

 お姉ちゃんは学校では自分の素を絶対に見せないから。


「というか、そんな事私に教えていいの?」


「うん。どうせ武流先輩に言うなら、千恵も知ることになるだろうから」


「・・・ねぇ里奈。なんかさっきも兄ちゃんにお願い事してたけど、あれどういう事なの?古瀬先輩をよろしくお願いしますって・・・何を兄ちゃんにお願いしたの?」


 私は敢えて武流先輩に対して抽象的に言った。

 でも多分、あの人は気付いていると思う。

 武流先輩は勘のいい人だ。それには確信めいたものがある。


「簡単なことだよ。私はただ、お姉ちゃんの皮を破いて欲しいの」


 私じゃ無理だと、気付いたから。

 

「は?言っとくけど里奈。兄ちゃんマジで陰キャボッチだからね?そんな人に古瀬先輩みたいな凄い人の皮を剥がす事なんて出来ないと思うけど・・・」


「ううん。出来るよ、きっと。・・・武流先輩なら」


 武流先輩だけが、最後の希望なんだ。

 

 数週間武流先輩を観察していたお陰で、ハッキリと私は自覚した。



――お姉ちゃんは、武流先輩の前だけ”素”を見せる。


 

 武流先輩と話す時だけ普通に笑う。

 武流先輩と一緒に居る時だけ私の知ってるお姉ちゃんになる。

 武流先輩と一緒に帰る時だってリラックスしている。

 

 偶に、私の知らないお姉ちゃんを見せる時もある―――。


 男なんて、みんな大嫌いだ。

 気持ちが悪い。

 なんであんなに気持ちが悪いのかな。

 この世から消えればいいのに、ほんと。

 


 なのになんで!なんでお姉ちゃんはあの人の前だけ素を見せるの!

 男なんてみんな気持ち悪いのに!

 お姉ちゃんだって今まで散々男共を振ってきたじゃない!

 だったらなんで武流先輩だけそんなに普通に接するの!あの人も男じゃない!

 あの人が何か特別だって言うの!?顔は平凡でつまらないし、特に面白い事言う訳じゃないし、千恵だって陰キャボッチだって言ってる!あんな人の何が良いの!?なんで男なんかと一緒に帰るの!


 わたしだけ、私だけを見てよお姉ちゃん!!!


「り、里奈?顔が怖いよ・・・」 


「っ・・・ご、ごめん千恵。何でもないよ・・・」


 ふぅ、少し、落ち着かなきゃ・・・。


「もう私も、寝るね」


「う、うん・・・」


 そう言って私は千恵の部屋に戻り、ベッドに入った。

 千恵は優しいから一緒のベッドで寝ていいって言ってくれた。

 千恵は可愛くて優しくて、本当に良い親友。

 お姉ちゃんとまではいかないけど、本当に綺麗な顔をしていると思う。

 武流先輩と兄妹と聞いた時は本当に驚いたのを覚えている。

 2度見ならず5度見くらいしたと思う。

 それくらい似ていない。私とお姉ちゃんの様に、もしかしたら血が繋がってないのかもしれない。

 

「はぁ・・・」


 私は一人ベッドでため息をつく。

 今日この家に泊まりに来たのは、勿論千恵に誘われたというのもあるけど、それよりも私は武流先輩という人を間近で見たかった。お姉ちゃんが何故この人にだけ心を許しているのか知りたかった。お姉ちゃんは本当にモテるから、今まで男に何回も告白されてきた。でも気持ち悪い男共なんかと付き合ったことは無い。

 それなのに、武流先輩という男だけは何故か・・・。

 かなり前から私は武流先輩を観察していた。ストーカーと言うなら言えば良い。私はお姉ちゃんだけいてくれればそれでいいの。他人の評価なんてどうでもいい。


 武流先輩を観察して最初に思ったことは正直――――つまらない、だった。


 のほほんと生きていて、何に対しても執着が無いというか何というか。

 ただ案外巻き込まれる体質らしく、武流先輩は色々ないざこざに介入していた気がする。

 私にとって一番驚いたのはお姉ちゃんと繋がりがあった事だけど、2番目に驚いたことはあの瀬口絵里奈先輩とも繋がりがあったお事だ。瀬口先輩は学校の中でも物凄く綺麗な女性で、そんな人が武流先輩みたいなモブの人と繋がりがあった事には本当に驚いた。

 

 そして観察し始めてかなりの日にちが経ち、私は到頭決定定な場面に出くわした。

 それはお姉ちゃんが病院を退院し、学校に来た日。

 今日も武流先輩を観察していたら、最近よく一緒に居る眼鏡を掛けた女子が大きな袋をもって武流先輩と合流し、図書室に向かっていた。

 2人の先輩は図書室に入った。私は扉を少し開き、その隙間から3人を観察した。

 そして中にいたお姉ちゃんに退院祝いとして眼鏡の女子は千羽鶴をプレゼントしていた。正直、あれは驚いた。お姉ちゃんの為にあそこまでしてくれる人は初めて見たかもしれない。

 

 そして武流先輩が挙げたものは―――手ごろサイズの石のお守りだった。

 私は嘲笑った。

 お守りなんか今時古い。

 

 そんなもの貰っても、お姉ちゃんは迷惑するだけだ――


『ふふっ。ありがとうございます武流さん。しかし宜しいのですか?大事な物かと思うのですが・・・』


 ―――そう、思っていた。


 今でも忘れない。

 

 お姉ちゃんが武流先輩からお守りを貰った時の顔を―――。




『ふふっ。そうですか。では有難く・・・大事にさせて頂きます』


 


 あの顔は―――私の知らない顔だった。


 

 私はショックでその場から走り去った。

 扉の前にあった植木鉢を倒した事も気付かずに――

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