第83話 古瀬さんを救えるのは
俺が知っている古瀬さんとは、正直思えないな‥‥‥。
まぁ、知り合って数ヶ月の仲の人間が何様だって話だけど。
一人暮らしを決めるって、中々の根性と覚悟が必要な気がする。それに当時の古瀬さんは中学生だったわけだし。うん?一人暮らしって中学生の年で許可貰えたっけ?あるいはその神垣さんっていう女性が親代わりの担保を行ったのかもしれない。
「・・・古瀬先輩って、結構大胆なんだね」
千恵が驚いている。
それもそれのはず、彼女は後輩にとって憧れの存在なのだろう。
古瀬さんは学校のアイドルというより崇拝される対象。生徒にとっての憧憬の的。とにかく凄い人だ。外見も勿論そうだが、彼女は内面も素晴らしい。
誰にでも平等に接するその姿は本当に驚いた。普通は出来ない事なのだ。やたらしつこい人に対しても彼女は落ち着いて接するし、何より相手を傷つけないの様にやんわりと返す。長年の技量によるものなのか、かなり手慣れているようにも見えた。
「後にも先にも、あんな風にお姉ちゃんが行動したのは初めてだと思う。・・・でもそれだけ傷ついたんだと思う」
「・・・ねぇ、だったら古瀬先輩の親って誰なの?血が繋がってないって・・・。そもそもなんで里奈は古瀬先輩と一緒に暮らしていたの?」
千恵は躊躇う事もせず、堂々と質問した。
妹ちゃんは勿論躊躇った。
だがもうここまで来たら言い切るしかないと思ったのか重たい口を開いた。
「お姉ちゃんが出て行った後、私はずっと放心状態だった。お姉ちゃんはどうか分からないけど、私はお姉ちゃんが大好きだったの。だから本当に本当に悲しかった。学校にも行なかったし、ずっと部屋に籠っていた時期もあったんだ・・・」
そこまで姉を思っているとは・・・凄いね。
俺と千恵は兄妹だけど、正直千恵の事をそこまで大切に思えるかと言われたら、悩んでしまう。
勿論大切だ。たった一人の妹。何かあっときは全力で助けたいと思う。
けど俺は、千恵にあんまりいい感情を持っていない。
それは過去の出来事もあるが、それ以降もだ。千恵が周りの人間を見定める様に見るのはもう慣れたが、何故そんなことするのか正直分からない。
前に聞いたことがあるが、千恵は適当に言いはぐらかした。
何か言いにくい事があるのだろう。
千恵はとにかく隠し事が多い。それだけが難儀なものだ。
「だけどそれは両親も同じで、ママとパパは毎日のように喧嘩してた。なんで言ったんだって、ずっと大声で言い争いしてた。本当にあの時は酷かったよ。家庭崩壊っていう言うのかな・・・そんな感じだった」
「・・・」
家庭崩壊、か。
どれだけの負の連鎖が続けばそうなるのだろう。
でもそれだけの状況だったという事か。
「だから私も家出したんだ」
「え?」
「でも、すぐにパパに見つかっちゃった。家出って言っても本当はお姉ちゃんの家を探していたの。正直パパとママの喧嘩する姿を見たくなかったのもあるけど、兎に角お姉ちゃんに会いたかった。会って話をしたかった。血は繋がってなくても私達は家族だよねって・・・言いたかったの」
妹ちゃんは段々と声を震わせ始めた。
「里奈・・・?辛いならもういいよ?」
「ううん、言わせて。これは私への罰でもあるから」
私への罰?話を聞く限りでは、妹ちゃんは何も悪い所は無い気がする。
「それに、お姉ちゃんは―――」
そのタイミングで妹ちゃんは俺に視線を合わせた。
その瞳は強い哀愁が込められているようで、そこには確かな信念の色が宿っていた。
まるで、俺に何か
「家出を見つかった私は、また部屋に籠もる様になったの。・・・多分、パパとママはそれを見かねたのだと思う。お姉ちゃんが出て行って1か月後、私達はこの家を引っ越した」
古瀬家がこの家を引っ越した理由はそれだったのか・・・。
「引っ越した先は、さっきも言った通りママの実家のおばあちゃん家。それ以降ずっとそこで暮らしている」
「里奈に、そんな事があったなんて・・・」
「気にしないで千恵。もう、かなり前に吹っ切れたから」
「そう、なの?」
「うん。引っ越した後、私はパパとママの3人で家族会議を開いた。聞きたいことが山ほどあったから、私はとにかく色んなことを聞いた。血の繋がりの事や、お姉ちゃんの事。何で今まで黙ったいたのか。私は沢山聞いた。そして――――――気付いたの」
「何が?」
「――
「・・・」
どういう意味だ?
古瀬パパママから聞いた内容が、”仕方がない”と思わざるを得ない内容だった、という事だろうか。ただその場合、古瀬さんの両親が本当の事を秘密にするには相当な理由があったと考えられる。
正直、何も分からない。
あの古瀬さんが一人暮らしを決意するまでの理由・・・。
一体・・・。
「・・・ごめん。これ以上は言えない。これ以上は私の口から言ったら行けない気がするの」
「・・・うん、ありがとう里奈。十分だよ」
あぁ、妹ちゃんの表情を見るに、語るだけで辛い過去だったのだろう。
ここまで話してくれただけでも感謝するべきだ。
とその時、妹ちゃんが俺に一歩近づいてきた。
「・・・こんなこと言っても、迷惑だと思います。けど、それでも一つだけお願いがあるんです」
「う、うん」
え、なに?
「お姉ちゃんは、皮をかぶっています」
「っ・・・」
やはり血は繋がっていなくとも長年ずっと暮らしてきた姉妹だ。
古瀬さんが学校の中で”良い人を演技”している事なんてお見通しなのだろう。
「私は・・・あんなお姉ちゃんを見るのが、辛いんです。だから、だからっどうかお願いします。お姉ちゃんを・・・よろしくお願いします・・・」
酷く抽象的だ。
何をお願いされているのか、さっぱり分からない。
「・・・俺には無理だよ」
ただ分かることは、妹ちゃんの願いを叶える事は不可能だということ。
俺なんかに出来るものか。
長年ぼっちだった男には高すぎる壁だ。
古瀬さんと数ヶ月接していたから分かる。
古瀬さんの”壁”は途轍もなく硬い、そして――――厚い。
そんな壁をどうやって壊すというのか。
たかが数ヶ月の関係の俺にお願いすることがまずお門違いだ。
妹ちゃんの悲痛に滲む顔を見てられなくなった俺は、そっと部屋を出た。
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