第81話 古瀬家の衝撃的な事実。

「それで、言い訳を聞きましょうか―――お兄ちゃん?」


 千恵はにっこりと笑みを浮かべながらこちらをみやる。目の奥が笑っていないと思うのは、俺の勘違いではないのだろう。

 仁王立ちで腰に手を当てながら見下すその視線に、俺は腰が引ける感覚に陥った。


「い、いやあのだな。俺も何が何だかさっぱり・・・」


「ふ~ん、ここにきてそんな言い訳するんだ」


「いやだから・・・」


 俺はチラっと隣に視線を移す。

 

「・・・」


 お願いだからだんまりと停止しないで。君も一応当事者だからね?

 俺はそこで、さっきからじっと俯いたままだんまりを決め込んでいる古瀬シスターに聞いてみた。


「あの、なんで俺の部屋に居たのかな・・・?」


 なんかゴソゴソするなと思ったらまさかの妹ちゃんの登場だった。

 俺ってあんまり驚いたりしないんだけど、流石にあれは驚いた。いやどっちかというと恐怖した。だって布団から明らかに女性と思われる髪がはみ出してたんだもん。正直貞子かと思った。恐怖で体が硬直して動かすのに時間が掛かったし、なにより―――。

 

 とその時。 


「ごめんなさい!!」


「「っ!?」」


 妹ちゃんが地に頭が付くほど頭を下げてきた。


「あの、おトイレに行って帰ったらいつの間にか武流先輩のお部屋に入っていたんです。寝ぼけていたからだと思うんですけど、本当にごめんなさい・・・」


「あ、そうなの・・・」


 千恵と俺の部屋は隣同士だ。

 2階への階段を上がってすぐ、突き当りに俺の部屋はあり、そしてその横が千恵の部屋だ。

 トイレは1階にしかないから、妹ちゃんは寝ぼけていたせいでどっちが千恵の部屋か分からなくなったんだろう。


「ごめんなさい武流先輩・・・。私普段こんなミスしないんですけど、もしかしたら以前の感覚が残っているのかも・・・」


「うん?以前?」


 妹ちゃんはボソボソと言ったが、俺には辛うじて聞こえていた。

 以前の感覚って一体どういう事だろう。

 

 特に理由もなく俺は質問したつもりだった。しかし妹ちゃんから帰ってきた答えは余りに突飛したもので―――。





「あ、実は私――――――数年前までこの家に住んでたんですよ」


「「え」」


「ごめんなさい、最初に言おうと思っていたんですけどいつの間にか忘れました・・・」


 ・・・そういう事か。

 からあった疑問の一つが、今少しだけ解消された。

 

「えぇ!?何それ里奈!そういう事は早く言ってよもう!めっちゃ驚いたんですけど!」


「ごめんごめん千恵。あんまり懐かしいものだから、つい」


「って言う事は・・・以前の感覚って――」


――十中八九。


「うん。武流先輩のこの部屋は――――私が以前まで使っていた部屋なんだ」


――そうだろうね。


「え、じゃあ私の部屋は古瀬先輩が使ってたってこと・・・?」


「うんそうだよ」


「へぇ・・・」


「?どうかした千恵?」


「なんでも」


 そうか、そうだったのか・・・。


 俺達がこの家に引っ越して来たのは5年前。以前まで住んでいたアパートが改築工事を始めることになり、都合がいいと思った両親はそのままこの一軒家に引っ越しを決めた。

 当時のことはあんまり覚えていないが、引っ越しの手続きをする際、女の子一人を連れて歩く親と思われる人たちと会った気がする。その時俺は小学6年生だったが、その女の子は俺より幾分か年下だと思われた。記憶が確かじゃないから断言はできないけど。

 もしその女の子が古瀬さん、あるいは妹ちゃんだったのなら納得がいく気がする。


「そうなんだ~。そう言えばなんで里奈の家族は引っ越したの?」


 っ・・・。

 そういうとこだぞ千恵・・・そういうとこがお前の長所でもあり短所でもある。

 人には誰だって言いたくない過去があるもんだ。この件がそれに当てはまるとは断言できないが、もっと慎重にそういう発言をするべきだ。

 そしてなにより、妹ちゃんの表情をもっと見ろ。

 その表情は――――明らかに憂いを帯びている。


「千恵」


 俺は千恵に向き直り顔を横に振ることで、千恵の今の言動を戒めた。


「・・・?」


 分からないかぁ・・・。


「ちょっと、色々あってね・・・」


「ふーん。そっか」


 自分で聞いててすぐ興味が無くなるのはどうかと思うが、この際それは都合がいい。

 千恵はズバズバと人の中に切り込んでいくからプライバシーがあったもんじゃない。

 もっと人の心を機敏に感じ取るべきだ。


「じゃあ里奈は今どこ住みなの?」


「お母さんの実家。おばあちゃんの家なんだけど、高校からあんまり遠くないから結構楽でいいんだ」


 ・・・実家?

 ちょっと待て。それは嘘だ。だって古瀬さんはアパートで暮らしていると言っていた。槻谷のストーカーの件が起きてから、俺は毎日のように古瀬さんをアパートに送り届けた。だから俺は確証があるし、なんなら古瀬さんがアパートに無事入るまで見届けた。だから古瀬さんが暮らしているのは実家ではなくアパートな筈なんだが・・・。


「・・・」


 聞きたい。聞きたいがこれはあくまで”他人”の家の事情だ。俺が介入する権利はないし、そしてなにより、それで彼女が傷ついたらどうする。

 妹ちゃんの顔は”引っ越し”の話をし始めたころからどこか優れない。何か特別な事情があるのだろう。

 そんな状態の妹ちゃんに聞くのは少し野暮が過ぎる――――


「うん?でも古瀬先輩アパート暮らしじゃない?」


「「!?」」


 だからなんでお前はそんなズバズバ切り込むんだよ!!!ていうか何で古瀬さんがアパート暮らしって知ってんだ!

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