第80話 現行犯逮捕

 取り敢えず未だショボーン状態の父さんを無視し、俺は目の前の食事にありついた。


「里奈ちゃんは何かアレルギーはある?」


 俺がパクパクと料理を口に運んでいると、母さんがトングを掴んだまま妹ちゃんに聞いた。


「いいえありません。苦手な物ならありますけど・・・」


「何が苦手なの?」


「・・・ニンジンです」


 少し恥ずかしそうにそう答える妹ちゃん。

 へぇ、ニンジンが嫌いなんだ。てっきりパクチーとか好みがハッキリした食べ物かと思っていた。

 ちなみに俺はパクチー無理。くさい。


「そう。じゃあ今日の料理は大丈夫ね。ニンジンは入ってないから安心してね?」


「ありがとうございます」


 母さんはアレルギーに敏感だ。

 千恵が沢山のアレルギー持ちなので、母さんと父さんは昔相当大変な思いをしたらしい。

 聞くところによれば病院に緊急搬送された時もあったとか。

 それ以来、母さんはアレルギーに敏感になった。料理には注意を払い、アレルギー物質を入れないように工夫しているらしい。

 幸いながら俺にはアレルギーは全く無い。この前、パクチーはアレルギーだから食べれないと言ったら普通に怒られた。


「どう?美味しい?」


「はい、すごい美味しいです。私は料理が下手なので本当に羨ましいですっ」


「褒め上手ねぇ」


 妹ちゃんは若干目をキラキラさせながら母さんを見やる。

 母さんは照れくさそうだ。

 

「ほらあなた、いつまでメソメソしてるのよ。ご飯が冷めちゃうわよ」


「あ、あぁそうだな・・・」


 目の前の料理今気付いたかのようなリアクションをする父さん。


「ふふっ、芦田さんのお宅は楽しいですね」


「そう?私達いっつもこんな感じだよ」


 確かに基本はこんな感じだ。母さんが父さんを弄り、そしてそれを笑う息子娘。言葉だけ聞けばヤバい家族かもしれんが実際そうなのだから否定はできない。別に虐めてるわけじゃないからね?

 まぁ、客観的に見てもこの家族は仲が良いとは思う。表面上偽った家族はたくさん存在することは知っている。世間体を良くしたいがために近所に対して見栄を張ったりする家族を確かに俺は、知っている。そんな家族の一員にならなかった事に感謝するべきか否か、俺は心底”親に恵まれた”と思う。

 正直、こんなに、俺は知らない。家族だから楽なのは当たり前だと思われるかもしれないが、家族だからこそ気付かない内に見えない壁が出来るもんだ。その壁は思春期でもあり、反抗期でもあり、色々な壁が存在する。そして一番厄介なのが兄弟姉妹間の壁だ。この壁は―――果てしなく硬い。壊すにはかなりの労力を消費する。年が近いからこそ互いに意地を張ったり、互いに見栄を張ったり。この壁は年を重ねるにつれ脆くなっていくが、今の俺と千恵の間にある”壁”は一体どれくらい硬いのだろう。正直分からない。分からないが、そこまで硬い壁じゃないと、信じたい。まぁ、ある程度の距離は必要なんだろうけどね。


「・・・いいね、千恵は」


 なんて考えていると、少し俯き目になった妹ちゃんが聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさでボソッと喋った。


「うん?里奈何か言った?」


「ううん、なんでも」


「あ!デザートだ!私の大好きなプリンじゃん!」


「まだよ、食べ終わってからにしなさい。コラっ、まだって言ってるでしょ千恵―――」


 千恵は聞き取れなかったらしいが、俺には確かに妹ちゃんの声が聞こえた。

 憂いと哀愁が籠もった声色だったが、一体それが何を意味しているのか。聞くのは簡単だが無粋だ。

 人んちの事情に土足で入り込むような真似はしたくないし出来ない。まずそんな度胸無い。怖い。

 以前から段々と分かってきた事だが、古瀬さん、いや―――

 どうやら複雑な家庭らしい。古瀬さんの言動から、推測だが見て取れた。まぁ、あくまで推測だからなんの根拠もないんだけど。それがどこかのタイミングで確信に変わるのか、それとも――。

 

 考えても仕方ないな。なるようになるでしょ。


 

 ◇



 事件は深夜に起こった――――。



「ん・・・」


 真っ暗い部屋で俺は目を覚ました。

 それもそのはず。俺は料理を食べた後、いつも通り風呂に入り、適当なラノベを読んで就寝に入った。確か寝たのは12時だったか。瞼が自然と落ちてきたタイミングで俺は夢の世界にダイブしたはずだ。

 

「うん・・・?」


 ふと下半身に違和感を感じ、俺は視線をゆっくりと下に移した。すると



 モゾモゾモゾモゾモゾモ―――

 


「ぇ」


 が―――――勝手に動いていた。


 俺は恐怖で声が入らず、その場で金縛りを受けたかのように固まった。

 しかし意識だけはあるので、俺は余計に今の状況に恐怖した。


 とその時。


「ぅ~ん」


「っ・・・!?」


 明らかにだと分かるうめき声が、掛布団の下から聞こえてきた。

 俺は固まった体をやっとの思いで動かし、掛け布団の下に居ると思われるモゾモゾの正体を力の入らない足で蹴った。すると―――


「うっ・・・え?」


「っ!?」


 しゃ、喋った!?やっぱりこいつ幽霊か!?貞子か!?


「何か頭痛い・・・」


「た、助け――」



 モゾモゾの正体はゆっくりと掛け布団をめくり―――




「きゃあああああああああああああああ!!!」


「うわあああああああああああああああ!!!」



―――二人は目を合わせ絶叫した。



「ど、どうしたの兄ちゃん!?」


 隣の部屋から大声が聞こえ跳ね起きた千恵は、一緒の部屋で寝ていたはずの里奈が居ない事に気が付かない程慌てた様子で飛び出していった。

 そして扉を開けた先には、ベッドの上で絡み合った男女。


「兄ちゃん・・・何してるの?」


 千恵は鬼の形相で睨んだ。

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