第79話 古瀬シスター
「ただいま」
「お帰りー」
リビングから母さんの声が聞こえる。
若山さんと古瀬さんを送り届け、俺はどこにも寄り道せずに真っすぐに帰ってきた。まぁ、寄り道する気もないんだけど。
あの後俺が生徒玄関で待っていると、約30分後くらいに若山さんと古瀬さんは来た。30分間どんな内容を語っていたのか気にはなるが俺は何も聞かなかった。彼女達の間だけで語られた内容に介入するなど余りにも烏滸がましいだろう。
それに、話し終えた彼女たちの顔は決して優れてはいなかった。古瀬さんは陰りを含み、若山さんは時折ボーっとしていた。
帰り道中ずっと話していたが、その話題にはあえて触れなかった。そしてそれは彼女達も同じだった。
「・・・?」
靴を脱ごうと思い目線を下にすると、そこには見慣れない靴があった。
明らかに女性用の靴だが、千恵はこんな靴持っていなかった気がする。千恵が新しく買った線もあるが恐らくそれは無いだろう。あいつはこのまえ新しい靴を父さんから買って貰っていた。以前誕生日の日に、父さんは千恵に育毛剤をプレゼントしていた。もちろんそれに怒った千恵は再度新しいプレゼントを要求していたが、そのプレゼントが靴だったわけだ。高い靴を買わされて、父さんはげんなりとしていた。自業自得である。
「お、兄ちゃんお帰り」
「・・・ただいま」
リビングへの扉を開けると、そこにはキッチンで料理を作っている母さん、そしてダイニングテーブルで勉強している千恵がいた。
ここだけ見ればいつもと何ら変わらぬ風景だ―――ある一点を除けば。
「・・・古瀬さんの妹さん?」
なんと千恵の目の前には古瀬さんの妹がいた。千恵と同じくダイニングテーブルに勉強道具を広げ、一緒に勉強していた事が窺える。
たしか名前は里奈、だった気がするが、何故こんな時間帯に居るのか。既に辺りは暗く、女の人が帰るのには遅い時間になっている。しかも高校生だしね。
「お邪魔しています。千恵の友達の古瀬里奈と言います。今日は千恵に誘われてお泊りに来ました」
「里奈がどうしても泊まりたいって言うからOKしちゃった!」
「こら千恵、変なウソつかないの」
「へへっ」
何がへへっだ。あの顔は普通に嫌がってる顔だぞ。
我が妹ながらバカだなと、もう少し大人になってくださいと思いますね。
「どうも、千恵の兄です」
妹さんの方に向き直り、簡単に自己紹介をした。
「武流先輩、ですよね?千恵から度々聞いています。いっつも千恵は武流先輩の話をするの――ムぐっ!」
「り、里奈ちゃ~ん、余計な事は言わないでねー?」
「・・・」
妹さんが何か言い切る前に千恵は慌てて口を両手で塞ぎ、若干冷や汗を流しながらキョロキョロしていた。
しかし俺にはそんな事どうでもよかった。何故なら――
「武流、先輩・・・」
後輩に先輩呼びされたの初めてだ!
俺には今後一切絶対に先輩呼びしてくれる後輩なんて現れるはずないと思っていたのに・・・。ああ、こんなに嬉しいとは思わなかった。
―――武流先輩、良い響きだ・・・。
「ねぇ、千恵お兄さんなんで感極まってるの?」
「里奈、今はそっとしてあげて・・・。兄ちゃんにしか分からない何かがあるんだよ・・・きっと」
「そ、そう・・・」
里奈の武流に対する好感度は初対面で少し下がった。
「武流、今日のご飯は里奈ちゃんも一緒に食べるから2階から椅子持ってきて」
先輩呼びの感傷に浸っていると、キッチンに立った母さんから呆れ顔で指示を受けた。
ダイニングテーブルには椅子が4つしかない。父さんを床で食わせるという方法もあるが流石にそれは可哀想だろう。
俺は渋々2階にある椅子を取りに行った。
◇
「おお、君が里奈君か!千恵から聞いてるよ、なんでも【トーソーモデルズ】とやらで2位に輝いたらしいじゃないか」
「ありがとうございます。ただ隣には1位がいますよ?」
「そうだったな!ハハハハハ!」
娘自慢したかっただけだろこのバカ親父。
妹ちゃんが可哀そうな目で見ているのに全く気が付いてないし。女子に君付けとか古すぎるし。笑い方下品だし。頭薄いし。
「あなた、薄いわよ」
「それ今関係あるか!?」
「「ブㇷっ!」」
や、やばい・・・。急に夫婦漫才し始めるから思わず口の中にあったもの吹いてしまった。
そしてそれは千恵も同じだったようで、吹いた水をタオルでゴシゴシと拭いていた。
「薄い・・・?」
この中で唯一、母さんが言った”薄い”の意味が分からない妹さんははてな顔で首をかしげる。
「き、気にする必要はないぞ里奈君!さ、さぁ暖かいうちに食べてしまおう!」
「・・・?分かりました」
妹さんは未だ困惑気味だが、目の前の料理を食べることが先決だとおもったのか渋々頷いた。
「ぷっ・・・う、うすい・・・ぷっ」
「千恵どうしたの・・・?」
「ぷっ、な、なんでもないよ里奈、ちょっとだけツボっちゃって・・・」
「そう・・・」
言わずもがな母さんの唐突なボケのせいだ。前々から母さんは父さんの髪の毛の薄さを弄る様になってきた。母さんは人をおちょくるのが好きな人種だから、父さんはその格好の的になった訳だ。
「・・・」
父さんは下唇を噛んで俯きながらショボーンとしている。
若山さんがやったらどうしようもない庇護欲が湧いてくるが、父さんがやるとただただ気持ち悪いだけだ。是非とも止めて頂きたい。
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