第78話 ストレスへの対抗策

 俺が確信をつく言葉を放つと、古瀬さんはポツポツと事の顛末を話し始めた。


「医者の方が仰るには、武流さんのおっしゃる通り・・・ストレスらしいです」


「麻衣ちゃん・・・」


 若山さんは憂いの表情をもって呟く。


「ですが正直・・・私には何がストレスなのか分からないのです」


 その時。


 ガンっ――


「・・・?」


 扉の奥から音が聞こえた気がした。


「どうかされましたか?」


「・・・いいえ、なんでもないです」


 気のせいか。


「麻衣ちゃん・・・」


 思っていた通りだ。

 そもそも彼女は、なんで倒れたのかも分かっていないのかもしれない。医者に言われたストレスが原因で倒れたというのは、言わば”ため込み過ぎた”って事だ。

 自分にとって不都合なことを承認して、他人に合わせたり。

 思っていることを口に出せなかったり。

 まさしく古瀬さんは、それに当たる。前々から思っていたが、古瀬さんは他人に遠慮し過ぎる傾向があった。ストーカーされた件だって、普通はもっと槻谷へ非難を浴びせるはずだ。ストーカーなんて高校生だから許される範囲をとっくに超えている。立派な犯罪行為を彼女はあくまで非難しなかった。

 その時から感じていた違和感は、やはり当たっていた。

 槻谷が今何しているのか分からないが、あいつは色々と危ない男だ。再犯だってする可能性だってある。

 しかし幸い、槻谷の父が廉直な人だったので、そっちの心配はあまりしていない。あんな悲惨な姿見せられたら流石にひく。そしてそれは古瀬さんもだったようで、彼女は逆に心配していたように見えた。ボコボコに腫れた顔は、余りにも痛々しかったからね。それは仕方ないかもしれない。

 だけど、それでも普通は何かしらの非難を浴びせるはずだ。ストーカーという最低な行為をしたことに、彼女は糾弾するべきだ。”普通”はそうだ。

 故に古瀬さんには、ちょっとばかし違和感を抱いていた。


 ああそう言えば槻谷君、そろそろ顔の傷も引いてきた頃だろうか。


「麻衣ちゃん・・・連絡した時には何も無かったって聞いたけど・・・」


「っ、す、すみません詩音ちゃん!どうしても心配を掛けたくなくて、その・・・」


「ううん、分かってるよ麻衣ちゃん。私も同じ立場だったら、そうすると思うから」


 実はと言うと、俺も古瀬さんと連絡していた。何故なら以前連絡先交換していたから。

 俺は古瀬さんが倒れた日、家に帰宅するとすぐに古瀬さんの連絡先にメールを送った。そのころにはもう病院に搬送されている事は知っていたが、俺は出来るだけ早い方が良いだろうと思い送った。

 そして古瀬さんから連絡が返ってきたのは実に3日後だった。

 

≪武流さん、ご心配おかけしまして申し訳ありません。軽いめまいが起きただけのようで、命には全く別状ありません。一応入院が必要とのことで1週間学校には出られませんが心配は無用です。≫


≪返信ありがとうございます。取り敢えず、無事で安心しました。1週間しっかりと休養を取ってください≫


≪ご気遣い、ありがとうございます≫


 我ながら堅苦しいなと感じるが、古瀬さんとの距離はこんなもんだろう。

 古瀬さんとの連絡はたったこれだけ。俺の6つしかない連絡先が新たに更新されたことに喜ぶべきか否か。

 正直、絵里奈や祐樹、千恵以外には連絡したことが無かったので嬉しかった。

 リア充達はいいなぁと、ちょっぴりだが思ってしまった。


「ストレス、か・・・。麻衣ちゃん、私じゃなんの力にもなれないかもしれないけど、いつでも頼ってね?」


「・・・はい、ありがとうございます」


「麻衣ちゃん・・・?」


 一瞬渋った顔を見せた古瀬さん。

 そしてそれを若山さんは見逃さなかった。


「い、いえっなんでもありません」


 古瀬さんは慌てて取り繕うが、それが嘘だと分かっている若山さんはショボーンとなる。


「そうだよね・・・私なんて相談したってなんにも解決しないよね。ははっ、そうだよね・・・」


「っ・・・」


 物凄く落ち込んでいる若山さんを見て、古瀬さんは苦渋の表情を見せる。

 彼女の背景に真っ暗いイメージが浮かび上がるようだ。

 まるで小動物を虐めているかのような光景に、俺まで少し申し訳ない気持ちになってしまう。前々から思っていたが、若山さんのこれは一つの武器だと思う。若山さんの落ち込んでいる姿を見ると、どうしても罪悪感が湧くのだ。それも、幼い子供を虐めているかのような。そんな感覚に陥ってしまうのは、ひとえに彼女の人徳ゆえだろうが少しきつい。

 そしてそんな様子の若山さんに到頭耐え切れなくなったのか、古瀬さんは苦し紛れに言った。


「聞いて、くれますか・・・?」


「うん!」


 若山さんは答えてくれたことが嬉しいのか、さっきと打って変わった表情で快諾した。

 

「俺も居ていいんですか?」


「・・・すみません。詩音ちゃんと二人きりにして頂いてもよろしいでしょうか?」


 女性だけで話したいのだろう。無碍にするわけにはいかない。


「分かりました。外で待ってますね」


「すみません・・・」


「いえ、丁度トイレに行きたかったんで」


「・・・ふふっ」


「じゃあ、ごゆっくり」


 俺はそういって図書室を出た。

 あの二人の会話に興味が無いわけでは無い。だが無理やりにでも聞きたいかと言われればそんな事はない。

 そもそも言えば、女子2人に男子1人という構図がおかしいのだ。それに一人は学校の高嶺の花ときた。そんな存在にお近づきになれているだけでも俺はかなり得しているのかもしれない。この学校の男子たちはどうにかしてでも古瀬さんに近づきたいらしく、盛んに話しかけている場面を頻繁に目にする。

 だがそれを丁寧にいなす古瀬さん。相手を傷つけないように言い包める手腕にあっぱれを送りたくなった。まぁ、優しすぎる気もするけどね。古瀬さんの場合フレンドリーに接してしまうから、後続が絶たないのだと思う。もっとガツンと言ってやれば自ずと減っていくとは思うんだけどね。

 いつも優しい人が怒ると怖いって言うじゃんね。古瀬さんが怒ったら俺怖すぎてちびるかもしれん。絶対にそんな場面に出くわしたくないけど。


「・・・?」


 その時、図書室を出てふと横を見ると、ポピーが咲いた植木鉢が倒れているのに気がついた。


「俺入ってくるとき倒したか・・・?」


 いや触っていないよな。

 もしかしたら若山さんかもしれない。彼女千羽鶴持ってウキウキしてたからね。足にまで注意がいかなかったのかもしれないな。

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