第77話 ため込み過ぎた結果

「この度は心配をかけてしまい、本当にすみませんでした」


 古瀬さんは髪の毛が前に倒れるほど腰を折った。


「ううん、麻衣ちゃんが無事なら私は全然気にしないよ!」


「同じく」


 古瀬さんは申し訳なさそうな顔に一瞬綻びを見せるが、すぐにその形のいい眉をへの字に曲げた。


「ありがとうございます。ですが、今回は私のせいで文化祭を乱してしまいました。3年生の先輩方にとっては最後の文化祭のはずでしたのに、本当に申し訳ないです・・・。」


「・・・」


 それは――――確かにある。

 古瀬さんが倒れた後、会場の雰囲気はお世辞にも良かったとは言えないものになった。【トーソーモデルズ】の最中だったので、最高潮を見せた文化祭の盛り上がりは一気に熱を失った。

 その上、タイミングがタイミングだった。

 2年生の次は3年生の発表だったのだ。古瀬さんが倒れた後も【トーソーモデルズ】は一応の形で続行されたのだが、その雰囲気は最悪といって差し支えなかった。

 2年女子のグランドアイドルを発表しない時点で、古瀬さんが今年も2年連続グランドアイドルを獲得したのは周囲の事実だが、それを3年生は良しとはしなかった。


―――あの子去年のグランドアイドルだよね。

―――タイミングが出来過ぎじゃない…?

―――わざと倒れて私達馬鹿にしてるんじゃない?

―――2年連続だからって調子乗ってるね、あの女。


 特に女子の先輩は怖かった。その中でも綺麗どころの3年生は。

 先輩たちは最後の文化祭の雰囲気を壊されたことに憤慨していた。それも、心配を上回るほどに。3年生の先輩には本気で【トーソーモデルズ】上位3位を狙っている人は少なくないらしい。

 それを一時でも壊されたのだから憤慨ものだ。

 そして3年生の女子は、とにかく陰口が酷かった。

 やれ演技だとか。やれ3年生への嫌味だとか。

 俺は古瀬さんがそんなことする人間じゃないことを知っているので、ちょっと腹が立った。確かに最後の文化祭に思い入れがあるのは分からんでもない。ちなみに俺は無い。

 だけどそんな演技して古瀬さんに何のメリットがあるというのか。古瀬さんは学校中に知れ渡っている、いわばスターだ。彼女の事を知らない人間はいないだろう。(最近知った男)

 そこまでの人間がわざとみんなの前で倒れる演技なんてする訳ないでしょうに。


 まぁ要するに、嫉妬は怖いって事だ。

 女の嫉妬ほど怖いものはないと、俺は気付かされた。嫉妬は時に人を狂わせる。あの本――愛の終着点にもそう書いてあった気がする。

 俺なんか他人に嫉妬し過ぎて困っているほどだが、別に悪口なんて言ったこと無い。口に出したら到頭俺は負ける気がする。今でも立場的に負け犬なのにもっと下なんて知りたくない。あくまで標準モブでいたい。何事もなく、平穏に。それが俺の目指す生活。最近は何故か遠ざかっている気がするけど。


「麻衣ちゃんは全然悪くないよ!その、偶々タイミング悪かっただけで・・・」


 若山さんは落ち込んだ古瀬さんを必死に元気づけようとしている。 

 慣れてないのか、若山さんは若干オロオロとしている。まるで小動物みたい。


「・・・」


 それでも古瀬さんの顔は優れない。いつものあの優しい瞳ではなく、憂いを帯びた悲しい瞳になっている。

 責任感が強いのだろう。古瀬さんは今自責の念に駆られている。

 こう考えてみると、この二人は本当に似ている。外見がどうこうではなく、内面的に。

 彼女らみたいに俺は本気で悩んだことなんて今まで無い気がする。いつもどこか楽観的で。何とかなるだろ精神で生きてるから俺には無縁だ。

 あいつらの時だって、最終的には何とかなるだろうと、全くの根拠もなしにそう思っている。

 ほんと、なんの根拠もないけど。

 でもまあ、楽観的な方が時には有利なときもあると思う。例えば切り替えが早い人なんかは楽観的な人が多いのではなかろうか。スポーツ選手には楽観的な人が多いと聞くが、やはりそれと関係しているのかもしれない。

 

「古瀬さん前から思ってたんだですけど、他人に気遣い過ぎだと思いますよ」


 だから俺はあえて言う。


「え?」


「時には自分を優先した方が、自ずといい方向に向かう時だってあります。古瀬さんの考え方も理解はできるんですけど、それは本当に古瀬さんの幸せに繋がってますか?俺なんかは正直他人なんてどうだっていいんで、あんまり分からないんですよね。古瀬さんの考え方」


「っ・・・」


「・・・今回の件だって、が原因なんじゃないんですか?」 


「っ!?」


 だから俺はあえてツッコむ。



 

「古瀬さんの倒れた原因、それって―――ストレス、ですよね?」


「・・・はい」


 まぁ、分かってたけど。

 いつか絶対、古瀬さんはこの壁にぶつかると思っていた。それがただ、今だっただけだ。

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