偉大なるヤリ〇ン先輩

 

 俺は、見ちまった。

 

 あの平凡なヘナヘナ男が女を侍らせている瞬間を―――。



 ◇


 あれは俺が工場に勤務して3週間が経った頃だった。

 俺はいつも通り親分にこっぴどく叱られ、超大変な仕事を終えた後に自宅へと向かっていた。

 

 そしてふと歩きながら横を見ると、見慣れた店があった。

 

「・・・」


 俺が学校に行ってた時はかなりの頻度で通っていた喫茶店――【SunJeriolサンジェリオール

 俺はこの喫茶店の前を毎日通勤時に通っている。サンジェリは内装も凝っていて、落ち着きやすい空間が取り柄の喫茶店だ。勿論、スイーツやコーヒーも美味しい。だから俺はこの喫茶店が大好きだった。

 だけど今の俺にはこんな洒落た店、入れる資格もない。

 俺みたいなクソ人間が入って良い場所じゃないし、なによりこんな汚れた作業服で入ったら迷惑がられるだろう。

 親方には悪いけど、この作業服がだけがちょっと慣れない。所々にペンキが付いていて、ひざ下あたりは丸く破けている。ダメージ系の服はよくあるが、作業服に穴が空いているのはただ単にダサいだけだ。

 正直、恥ずかしい。

 でもこんな程度克服しなくてはいけない。俺はもっと反省しなくちゃいけないんだ。

 

「・・・?」


 【SunJeriol】をガラス越しに見ていると、手前の席に見覚えのある顔が見えた。


「あいつは確か・・・あ、ヘナヘナ男か!」


 思い出した。あいつは俺が設置した小型カメラを見つけた男だ。久しぶりに見たな。

 俺の最後の高校生活は、理科準備室という小さな部屋で終わった。

 全身ボコボコになった俺の姿を麻衣に見せるのは正直キツかったが、当時の俺には反抗する気すら起きなかった。父ちゃんに血だらけになるまで殴られて、立つのもやっとだった気がする。学校まで逃げてきて、那須先生が止めてくれたからどうにか終わったけど。本当に、怖かった。

 あの時は何故か麻衣だけではなく、ヘナヘナ男と三つ編みメガネっ子も一緒に来ていた。

 俺は精神が不安定だったから、そいつらの前で大泣きしてしまった。

 くっ・・・、思い出すだけで恥ずかしいな・・・。

 

「・・・?なんで瀬口絵里奈と1年のルーキーが一緒に居るんだ?」


 槻谷は後輩の中で可愛い女の子を統一して”ルーキー”と呼んでいた。

 ヘナヘナ男はルーキーの隣に座っており、その距離は余りにも近い気がした。

 

「っ・・・!あの瀬口絵里奈が泣いてる・・・?」

 

 嘘だろ・・・、あの女が泣くなんて・・・。

 俺は当時、気に入った女子には片っ端から声を掛けていた。

 そしてそれは当然瀬口絵里奈も含まれていた訳だが、俺が瀬口絵里奈に声を掛けた時――。


―――誰?


 正直、俺は耳を疑った。

 この俺を知らないわけがないと、俺は聞き直した。

 だけど瀬口絵里奈は俺を知らないと言った。訳分からない。そんなはずはない。

 そして何より俺が”恐怖した”ことは―――ことだった。

 その瞳は俺を映さず、どこか遠くのものを見ているかのようなもので、俺は思わず身震いしてしまった。

 恐怖したのだと思う。

 

――この女は、多分、何言ってもダメだ・・・。


 そう思わせる何かが、確かにあった。

 

 だけどそんな女がなんで泣いているんだ。


「・・・」


 ああ、そういう事か。分かった。俺は分かったぞヘナヘナ男。

 

 これは、所謂いわゆる―――――修羅場っていう奴だな。


 俺も数え切れないほど体験してきたから分かる。

 瀬口絵里奈とあのルーキーは、ヘナヘナ男を取り合っているんだ。なんであんな平凡な男を取り合っているのか、正直分からんが。


「信じられない・・・」


 俺は消え入りそうな声で呟く。

 まさかあの瀬口絵里奈がヘナヘナ男を好いていたとは・・・。あのルーキーはあんまり知らないが、顔だけだったら多分相当上位に入るだろう。

 そんな2人がヘナヘナ男を・・・。

 なんとなく納得がいかないが、俺には関係ない。

 俺は父ちゃんに認めてもらうまでは女性と関係を作らない事を決めている。

 いつか俺は麻衣よりも綺麗な女性をみつけるんだ!


 野望が高すぎる槻谷君だった。


「・・・そう言えば、なんであの男毎日図書室に居たんだ?」


 あの時間帯は麻衣しか居なかったから、俺は小型カメラを設置する事が出来た。

 でもある日を境に、あのヘナヘナ男が毎日のように放課後図書室に足を運んでいた。

 麻衣とも仲良さげだったし・・・。

 うん?待てよ、もしかしてこのヘナヘナ男・・・!


―――麻衣ともデキてんのか!?


「・・・」


 あぁ・・・そういう事か。

 全てに合点がいった気がする。

 

 このヘナヘナ男――――いや、偉大なるヤリチン先輩は、3人の女を囲っていた訳だ。

 しかも、どの女子も綺麗どころだ。


「はぁ・・・」


 俺は、盛大な勘違いをしていたんだな。

 

「俺には最初っから勝ち目は無かったって訳か・・・はぁ・・・」


 人は見た目で判断しちゃいけないな。

 偉大なるヤリチン先輩は、平凡なふりをして実は凄い男だったんだ。


「俺だって・・・!」


 俺だって、俺だっていい男になってやるんだ!

 まずは父ちゃんに恩返しをして、それから俺はあの偉大なるヤリチン先輩を―――いいや、ここで認めたら負けだ。あのヘナヘナ男を見返してやるんだ!

 


 ぼち男くん、本日知らないところでライバル扱いされる。

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