第70話 今必要なのは、解毒剤④

「・・・ちょ、ちょっとまってくれ絵里奈」


「うん・・・」


 はぁ?どういうことだよ絵里奈。そんな話俺一度も聞いたこと無いぞ・・・。という事は、絵里奈の話が本当ならば”あの噂”が出始める前に祐樹を振ったことになる。

 俺はずっと、絵里奈と祐樹はいつくっ付くのかと不思議に思っていたが、まさかそんな事があったとは・・・。


――うん?待てよ。


 今気付いた。絵里奈が祐樹を振った・・・?ていう事は――


「・・・絵里奈。”あの噂”をお前が学校中にばら撒いたのは、それと関係があるのか?」


「っ・・・」


 露骨な反応しやがって。

 

「・・・話が違うじゃねーか」


「・・・」


 絵里奈があのクソみたいな噂を流したのは、何かしらの原因があってだと思っていた。だがそれはずっと不明なままで、俺は知ろうと思わなかったし、絵里奈も言おうとはしていなかった。でも、それでもあんな噂を流してちゃいけないし、倫理的にもアウトだ。俺でもあんな噂流されたら――結構くるかもしれない。

 だけど、俺はずっと大きな勘違いをしていたのかもしれない。もし祐樹が絵里奈に振られたことによる恨みで絵里奈に対して何らかの行為に至ったならば、それは・・・。

 祐樹の心が壊れたのは、確実に絵里奈が流したあの噂が原因だ。それは間違ってはいない。間違ってはないのがだが、それが”自分を守る術”だったのならば納得だ。確定した訳では無いが、これは今一度考えなおすべきことだ。


「でも、私が裏切った事には変わりないの。私があの時祐樹を振らなければ――」


 その時、ずっと興味の無さそうだった千恵が表情を変え、怒りの籠もった目で絵里奈の声を遮った。


「はぁ?なんなのそれ。好きでもないのに付き合うって訳?」


「千恵ちゃん・・・」


「そんなの、相手の方を気遣ってるようで結局は保身の為じゃん。しかも今振り返ったってもう遅いし、そんなくだらない後悔なんてしないで」


「・・・ごめん」


 なぜこうも千恵は絵里奈だけに強く当たるのか。

 昔からそうだった。初めて絵里奈と会った時だって、千恵は絵里奈を毛嫌いしていた節があった。けどそれも一緒に居る時間が長くなるにつて緩和されていったはずなのだが・・・。


「絵里奈は――祐樹に何かされたのか・・・?」


 俺はここで確信をつく言葉を放つ。絵里奈は強張った表情を数秒見せたが、意を決したように重たい口を開いた。



「私、小さい頃からずっと祐樹と一緒に育ってきて、家も隣同士で、これからもずっと祐樹と一緒なんだって考えてたの。毎日のように一緒に遊んでさ、それから武流君も千恵ちゃんも加わって、本当に毎日が楽しかったの」


 俯きながら絵里奈は言葉を続ける。


「それで中学生になって、もっと楽しくなるって思ってた。でも・・・そんなの夢物語だった」


「・・・」


「祐樹と一緒に遊んでるといっつも友達に揶揄われたし、私が祐樹と一緒に帰ってるときに手を繋いでる時も揶揄われたし。・・・今思えば本当に馬鹿だったと思えるけど、当時の私はそれが”当たり前”だったと思ってたの」


「・・・私は正直、小学校の時から驚いてたけどね」


「うん。千恵ちゃんの言う通り、私は普通じゃなかった。だから、みんなの言う”普通”を学んで実行に移したの」


 それが”祐樹と離れる”という事に繋がる訳か・・・。


「祐樹と一緒に居られないのは辛かったけど、私は勇気を振り絞って言おうと思ったの」


 でも――


「そのタイミングで祐樹が私に告白してきたの」


「・・・」


「私は、戸惑った。当時の私でも、もちろん付き合うっていう意味は分かってた。けど、祐樹と付き合うのは何か違うって思ったの」


「・・・それは、祐樹の事が好きじゃないって意味か?」


「・・・私は好きな人がから」


「そう、か・・・」


 別に絵里奈が誰を好きになろうが、誰と付き合おうが俺は正直どうでもいい。だが俺はてっきり祐樹が好きだと思っていた。


「祐樹とは一緒に居すぎて、なんて言えば良いんだろう・・・言葉じゃ言い表せないの」


「言い表せない?」


「うん、ごめんね。でも本当なの・・・。私にとって祐樹は欠かせない存在であって、体の一部みたいなものだったの。そこに居るだけで安心できて、楽しくて。私の隣にいるのが当たり前の存在だったの」


「・・・それを好きって言うんじゃないか?」


「ううん。違うよ。それだけはハッキリと言える」


 そ、そうですか。


「だから振ったって訳ね」


「うん」


 言葉じゃ言い表せない関係、か・・・。

 正直俺は全く分からん。今絵里奈が言ったことは全部好きな人に当てはまると思ったのだが、どうやらそうではないらしい。俺は好きな人なんて出来たこと無いから分からないが、”欠かせない存在”って遠回しの告白じゃない?でも絵里奈が言うには違うらしいし・・・。

 というか、絵里奈の好きな人って誰なんだろう?


 だが俺が絵里奈に問おうと思った時、千恵が割り込むように言った。


「それで、その後なんかされたの?」


「・・・振った後も、祐樹は何にもなかったかのように振舞って、以前よりも私と一緒に居る時間が増えたの」


「「・・・」」


 な、なんだそれ・・・。あいつどんなメンタルしてんだよ。

 多分今、俺と千恵は同じ表情をしているだろう。


「あっでも!それも本当は私のせいで・・・。私が余計なこと言ったから祐樹は勘違いしたんだと思う」


「・・・?」


 絵里奈の言ってる事に脈絡がない。祐樹は何を勘違いしたんだ?


 だが絵里奈の口から放たれた言葉は予想の斜め上を行くもので―――




「私には好きな人がいるのに、祐樹とも一緒に居たいって言ったから・・・」


 うそーん。

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