第69話 幼馴染の過去⑤

「絵里奈!行こうぜっ」


「え・・・」


「なんだ?」


「いや、えっと・・・」


「ほら早く、学校遅刻するぞ」


「・・・うん」


 昨日、祐樹は絵里奈に振られたのにもかかわらず、平常と何ら変わらぬ様子で絵里奈に声を掛けていた。

 絵里奈と祐樹は家が隣同士という事もあり、祐樹は学校がある日は毎日絵里奈を向かいに行き一緒に登校していた。そしてそれは今日も同じく、祐樹は来るのだった。


――な、なんで・・・


 絵里奈の頭の中は疑問で一杯だ。

 なぜ昨日振ったのに来るのか、なぜ昨日あんなことがあったのに来るのか、なぜ、来れるのか。

 だが一方で期待していた自分も居たのは事実。絵里奈は余りにも祐樹と一緒に居たせいで”普通”という感覚がいまいち分からなかった。小学生の時には普通だったこの関係も、中学生になり沢山の知識を得た。


 男女で一緒に居るなんて恥ずかしい。手を繋ぐなんてありえない。


 絵里奈は毎日のように友達に言われるようになった。多感な時期な中学生時代。学校という名の牢は、そこだけがすべてなのだ。

 井の中の蛙大海を知らず。

 絵里奈と祐樹は――知らな過ぎたのだ。


「絵里奈今日の宿題やったか?」


「え?やったけど・・・」


「本当か~?絵里奈いっつも友達に見せて貰ってるって聞くぞ」


「そんなことないよ」


 祐樹はあたかも何もなかったかのように話を続ける。だがそれは、不穏が潜んでいる事の裏返しでもあった。

 そして絵里奈は祐樹と話している時に気づいた。


――これがダメだったんだ・・・


 当たり前のように祐樹と登校していたが、絵里奈は昨日決意したことを思い出し、自分のやっている事が矛盾していることに気づいた。


「祐樹、あのね――」


「なぁ、絵里奈。久しぶりにあの公園行かないか?」


「・・・え?」


「最近行ってなかったからさ、久しぶりに行きたいなって」


 絵里奈は自分の顔が強張っていくのを感じる。


「行って、何するの?」


「何するってそりゃあ、星見るだろ」


「っ・・・」


 今でも忘れられないあの景色。瞳を閉じれば簡単にあの景色が脳裏に浮かぶようだ――。

 

 小さい頃、祐樹と絵里奈は親にバレないように家を抜け出し、祐樹が先導して山奥の公園へと行った。その日は月に一回の”食事会”の日だった瀬口家と川添家。親同士が晩酌にふけっている間に2人は抜け出したのだ。

 当然だが絵里奈は最初祐樹の誘いを断った。親に黙って2人で山に行くなんて出来るわけない。もしバレたら物凄く怒られるし、なにより絵里奈は怖かった。こんな真夜中に子供2人で行くなんて危険すぎると、絵里奈は祐樹へ向かって言った。だが祐樹はしぶとい。負けじと言い返し、ついに絵里奈が折れた。


――あの公園は、俺しか知らない秘密基地なんだ!


 自身たっぷりと笑顔で言う祐樹に、絵里奈は仕方ないなぁとお姉ちゃん感覚で返した。


「・・・行きたくない」


――嘘だ。


「もう、行きたくない」


――嘘だ。


「は・・・?行きたくないって、本気で言ってんのか?」


「・・・違う。祐樹と一緒になんか行きたくないって言ってるの」



――大嘘だ。


 絵里奈は今、嘘を付いている。それも、泣きたくなるほどの、辛い嘘を。


「・・・なんでっ、なんでなんだよ!」


「っ」


 今まで平常を装っていた祐樹は、遂に化けの皮が剥がした。

 

「俺、そんな悪いことしたかなぁ・・・?なぁ、絵里奈。教えてくれよ。言われた全部なおすからさ、なっ?」


「・・・祐樹とは、もう一緒に居られないの」


「・・・」


「私達はもう、一緒の居たらイケないんだよ」


 言葉を吐く度に、絵里奈は自分の心が擦り減っていくの感じた。

 なんで一緒に居たらイケないのか。理性では分かっているが、感情がそれを押しとどめる。

 ”あの日”約束した言葉が、さらに絵里奈を追い詰めた。


「・・・武流」


「たけるくんがどうしたの?」


「・・・武流が好きだから俺と一緒に居れないのか」


 祐樹は拳を強く握りながら、絵里奈に言った。


 だが、帰ってきた言葉は思いもよらないものだった――




「うん?なんでそうなるの・・・?」


「は?」


 首をかしげながら、絵里奈は困惑顔をする。


「たけるくんは好きだけど、なんでそれが祐樹と一緒に居られないことになるの?」


「?い、いやだって、普通は嫌だろ・・・?好きな人がいるのに、別の男が一緒に居るの――」


 祐樹は自分で言いながら、気付いた。


――それは・・・俺じゃないか。


 今言ったことは、全て自分自身のことだったと、祐樹は自分で自分を悲観した。

 だが諦めないと誓った祐樹は、そんな事では折れやしない。


「そう、なの?」


「は?」


 だがまたしても絵里奈は意味不明な事を告げる。


「たけるくんは好きだよ。でもなんで祐樹と一緒にいちゃダメなの?」


「・・・」


「・・・私だって本当は、祐樹と一緒に居たいよ。でも、みんながダメだって言うから・・・」



 祐樹は――――絶句した。

  

 同時に――――歓喜した。



 絵里奈が一般的な思考の持ち主じゃないことに気が付いた祐樹は、まだ自分にもチャンスがあるのではないかと、心の中でゆっくりと反芻した。


 歯車は――狂い始めた。






~あとがき~


 過去編なげーよと思った方、私もです。

 まだ少しありますので、根気強く読んでいってください。伏線はまぁまぁあるので。


 あと自分で書きながら思いました。この女やべーわ。

 

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