第67話 今必要なのは、解毒剤③

「私ね、祐樹に、謝ろうかと思って」


「・・・」


「笑っちゃうでしょ。私にそんな資格あるはずないのに」


 絵里奈は自嘲の笑みを浮かべながら目線を落とし、強く握りこめた拳をみやる。

 相変わらずの癖だ。絵里奈が手を強く握るときは決まって”耐える”時に限る。その表情を見るに、溢れ出そうな思いを必死で耐えているのだろう。伊達に腐れ縁してない。そのくらいは分かる。


「・・・なんで、今頃?」


 千恵は未だパフェを食べながら、しかし絵里奈には目線を合わせずに問いかける。


「・・・私も、変わらないといけないから」


「答えになってないよ」


 千恵は若干いら立ちを込めた声で言う。


「ごめんね、千恵ちゃん。私にもよく分かんないんだ。なんで今頃なんだって、自分でも思ってる。なんでもっと早く行動しなかったんだって、ずっと後悔してきた」


「・・・」


「でも、多分きっかけは・・・武流君」


「俺か?」


「うん。武流くん最近友達出来たでしょ?」


「友達・・・」


 もしかして若山さんの事を言ってるんだろうか。確かに彼女とは最近よく一緒に居る気がする。委員会から繋がりが増え、そして文化祭になりもっと彼女との関係は深まったと思いたい。そして古瀬さんとも奇妙な縁から繋がりができた。猿条は論外。


「武流君を見てたら、私も変わらなくちゃいけないって思って」


 確かに、最近の俺は以前の俺からしたら考えられない状況になっているのだろう。だがそれはあくまで流れに乗っただけであって、自分が変わろうと思って変わった訳ではない。


「だから『ヘンゼルとグレーテル』の劇の時、アドリブを入れたって訳か」


「・・・うん」


「え、どこのシーンがアドリブだったの?」


 千恵の疑問はとりあえず無視しておく。


――口に出して言わなくちゃ分からない・・・


 劇のクライマックスで絵里奈が付け加えたアドリブ。あれは自分に対してでもあり、祐樹に対して放ったアドリブでもあった訳だ。

 あくまで俺視点だが、ここ数年絵里奈と祐樹が喋ってた場面を俺は一度も見たことが無かった。同じクラスだというのに、この幼馴染は全く話さないし、眼すら合わせない。絵里奈はずっと黙りこくっている祐樹に対してのアピールとして言ったのだろう。

 まぁ、当の本人に響いたかは全く知らんが。ついでに言うと祐樹が文化祭に来ていたのかも知らない。あいつは一度も文化祭の手伝いに来なかったし、当日は顔を見なかったので本当に来ていないのかもしれない。


「・・・さっき祐樹が言っていたことは、本当か?」


「うん・・・本当」


「そっか」


 祐樹は先程、絵里奈からのメールをすべて拒否し、最終的にはアカウントまで消去したと言っていた。俺としては絵里奈がそこまで行動していたことに驚きなのだが、祐樹はその努力を認めなかった。祐樹の気持ちは勿論わかる。自分を裏切った絵里奈の事を許せないのだろう。

 けど俺は思うんだ。


――いつまで引きずってんだって。


 当事者じゃない俺が言っても説得力は皆無だが、少なくとも俺にはこの件に口出すだけの権力ある。俺から言わせればさっさと以前の様な関係に戻ってバカやれよ、と声を大にして言いたいところだ。簡単に整理できないってことは分かる。でもこいつらだって、このままじゃいけないって事は分かってるはずだ。

 もう一度言う、俺はさっさと帰って寝たい。


「なんてメールで送ったんだ?」


「話がしたいから、会おうって・・・」


 絵里奈は覇気のない声でいう。


「それは――無理がある気がする」


「そうか?」


「うん、だって私が祐樹先輩と同じ立場だったら――は?何こいつ。今頃になって何言ってんだよ。って思ってると思うよ」


「おい・・・」


 なんでそんなにハッキリ言うかなこの女は・・・。ほら絵里奈手を強く握ってるし。泣きそうじゃんか・・・


「ハッキリ言わないと分かんないでしょ。私ウジウジしてる人嫌いなの。ごめんなさいって正面向かって言えばいいじゃん。」


「っ」


 それが出来ないからこその人間でもあり、こいつらの歪んだ関係でもある。


「そう言えば昔、千恵もお母さんに叱られて1週間くらい口を聞かな――いたっ!」


「何の話かな~」


 こいつ、自分の不利になる状況を素早く察知して行動するまでの速さが段違いだ・・・。流石は悪女。嫌な女だ。


「はぁ・・・。話は戻るけど、絵里奈は結局どうしたいんだ?」


「どう、したい・・・?」


「ああ、謝ってどうしたいんだ?」


「祐樹に誠心誠意謝って、許されるとは思ってないけど謝って、それで・・・」


 ・・・?


「元の関係に戻るとか、また一緒に遊びたいだとかさ、色々あるだろ」


「う、うん、それは、そうなんだけど・・・」


 うん?絵里奈はただ謝って終わり、と思っていたのだろうか。

 俺は別にそれでもいいと思うが、本当にそれで絵里奈自身は解決できたと思えるのか。結局は当事者同士が解決すればいい話だから、俺がとやかく言う必要はないんだけど。

 

 なんて呑気に考えていると、絵里奈の口から思いもよらぬ事実が発せられた――






「私、祐樹を振ったんだよ・・・?」


「はあぁ!?」


「あれ?兄ちゃん知らなかったの?」


「いや、知るかっ!」


 なんでそんな情報今まで知らなかったんだよ!初耳なんだけどっ!?


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