第65話 幼馴染の過去②

 友達とは何かと聞かれれば、ぼくは真先にこう答えるだろう。

 

 一緒に居て楽な人、と。


 といってもまだぼくには友達なんて呼べる人、一人もいないけど。

 だって、僕の周りの人たちは全員バカばっかりなんだ。休み時間はずっとうるさい人や授業中もうるさい人。なんで静かに出来ないんだろう?ぼくは静かな環境で本を読みたいってのに。まったく、早くぼくも大人になりたい。大人になったらこんな悩みを持たなくてもよくなるだろう。


 そして現在進行形で、最近ぼくの周りをウロチョロしてる男が居る。

 言わずもがな3僕に向かって友達になれ宣言をしてきた男だ。そう、なんとあの男は俺が何回も断ってきたはずなのに、小学5年生になるまでの3年間、ずっと遊びの誘いを続けているのだ。

 名前は川添祐樹。ぼくと違ってクラスの人気者で、昼休みはよく友達と外で鬼ごっこをしているのを見る。

 まあぼくは全然羨ましくなんてないけどね。友達が居ない方が楽でいいじゃないか。どうせ小学校の付き合いなんて浅い。僕だって中学生になったらたくさん友達を作るんだ。


「たけるー!鬼ごっこしようぜー」


 なんて考え事をしていたら、隣の席の男子が赤白帽子を手にブラブラさせながら聞いてきた。


「……やだ」


「だから楽しいんだって!たけるも一回やればすぐにハマるから。なっ?」


「ぼくは本を読みたいんだ。だからいい」


「お前昨日もそうだったじゃんかよ。せっかく友達に成ったんだからさ、俺達と遊ぼうぜ?」


「あれはおせじ、というやつだ」


 はぁー分かってないな。だから最近のガキンチョはまったく。ぼくはこれからも本を読み続けるつもりだ。お前の誘いなんて乗る訳ないだろ。あとぼくはお前と友達になったつもりは全くない。


 小学5年生にして捻くれているとは何事か。この当時から芦田武流という人間は周りの人間とひと味もふた味も違っていた。 


「……えーと、なんだっけ‥‥‥あっ、ツンデレだ!武流おまえツンデレだろ!」


「ち、ちげーよっ」


「そんなこと言ってほんとは嬉しいんだろ」


「だから――」


 ぼくが反論しようとしたその時、一人の女の子が僕たちの間に入ってきた。



「もうっ、なんでいつも二人は喧嘩するのっ!周りの子たちが怖がってるじゃない」


「「っ……」」


「それにゆうき、たけるくんは嫌がってるんだから、無理にさそったらだめだよ」


「で、でも、武流はツンデレで……」


「何わけわかんないこと言ってるの!ダメなものはだめっ」


「……はい。すみません」


 絵里奈にはめっぽう弱い祐樹であった。


 ……この女子、よくこの男と一緒に居るけど一体どういう関係なんだろ。最近気づいたことだけど、この迷惑男はよくこの女子と一緒に居る。

 偶々見かけた帰宅中や、昼休み。その際中ずっとこの2人は握り合った手を離していなかった。友達にしては仲良すぎる気もするけど、双子だろうか。

 

「ごめんね?たけるくん。ゆうきには後でちゃんと叱っておくから」


「う、うん……」


 うっ……そんな近くでその大きな瞳で見つめられると、とても居心地が悪い。少し赤みが入った瞳に吸い込まれそうだ。それでぼくは気付いてしまう、自分と違って綺麗な瞳だな、って

 

 小学生にしては中々礼儀がなっていてぼくとしては高評価だ。しっかりと謝れることは良い事だ。うん。でもなんでこんないい子といつも一緒に居るこの男はこんなにマナーが悪いんだろう。本当に倣ってほしいものだ。


 

「あ、そう言えばたけるくん。一階に【芦田千恵】って名札の付いた子が、お兄ちゃんの事探してるみたいだけど、もしかしてたけるくんの妹じゃない?」


「っ!その子1階にいるの!?」


「え、うん。わたしはそう聞いたけど……」


 芦田の酷く慌てた様子に絵里奈はたじろぐ。

 絵里奈は特に深い意味もなく、苗字が同じだったので言ってみただけだったが、まさか本当に兄妹だとは思っていなかった。


 くそっ……!千恵、またに……


 芦田は胸中を蠢く一抹の不安と溢れ出そうな怒りを抑えつけながら、教室を颯爽さっそうと飛び出し、妹である千恵の元に駆け付けていった。



 ◇



「千恵っ!」


「にいちゃん!」


 芦田は1階にあるベンチに座り込み、俯いている少女を目に捉えた時、瞬時に大声を出した。


「大丈夫かっ」


「……?うん、大丈夫だよ?」


「?」


 うん?何かがおかしいぞ、千恵はまたあいつらに嫌な事されたから僕を探していたんじゃないのか?


「千恵、あいつらにまた虐められたんじゃなかったのか?」


「……この前みたいにはされなかったけど」


「されたのか!?」


「……うん」


「何されたんだ」


 芦田は怒りを隠そうともせず、千恵に聞き出す。

 だが、帰ってきた答えは予想外なもので――


「トマト入れられた」


「……は?」


「今日、わたしの嫌いなトマトが給食に出たから、隣の男の子に上げたの、そしたらね、その男の子私のシチューにトマト入れてきたの」


「……その男の子は、トマトいるって言ってたのか?」


「いや?一番最初にトマト食べ終わってたから、好きなのかなって」


 実はその男の子トマトが大嫌いで、先に嫌いなトマトから食べることで好きな給食を堪能しようとしていたのだが、いざ実食という所で隣の女子がトマトを皿に入れてきたという事だ。

 それにカッとなった男の子は、入れられたトマトを手掴みでシチューに投げ入れたという、どうにも低レベルな闘争を繰り広げていたわけだ。


 何やってんだよ……こいつ……。確かにシチューにトマト入れる男子もたいがいだけど、何も言わずトマトを入れるこいつはもっとヤバい……


「はぁ、心配して損したぞ……」


「むっ、なんで?」


「どう考えても千恵が悪いからな」


「む~」


 千恵は頬を膨らませながら、ぼくを憎たらしそうにみる。

 だけど、鼻の下に付いた、固まって薄黄色になった鼻くそが可愛らしい顔を余計に可笑しくさせてしまう。


「ほら、ティッシュ。これで鼻くそ拭いて」


 ぼくは後一枚のポケットティッシュを千恵に渡した。


 こびり付いた鼻くそをティッシュで綺麗にした千恵はティッシュ丸め、ゴミ箱にポイっと捨てた。強く拭き過ぎたせいか、人中当たりが赤く変色している。


 ――と、その時。


「……なんだ」


「うぅ~」


 千恵がぼくに抱き付いてきた。まだぼくの胸あたりまでしかない身長で、千恵は力強く抱き付いてきた。

 そして密着させた顔を僕の腹に擦りつけ、へんなうめき声を出している。


「おちつく~」


「はぁ」


「千恵、それ絶対人目があるところでやるな―――」


 そう、ぼくが言いかけた時




「あっ!!たけるが女子に抱き付いてる!」



 芦田の天敵――祐樹がこちらを指さしながら大声で言い放った。


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