第60話 ぼち男の捻くれた考え

「この文法は試験に出るから覚えとけよ」


 唯一得意な英語の授業を右耳から左耳へ受け流す――


「おい、一番後ろの席。聞いてるか?」


「っ!あ、はい聞いてます」


「じゃあ私はさっきなんて言った?」


「・・・」


「はぁ、しっかり聞けよ」


 そう言って、頭頂部が薄い男の先生は黒板に向かい直った。


「・・・おい芦田、お前最近ずっとそんな感じじゃねーか?」


 となりの西条がコソコソとした声で俺に問うてくる。


「そんなこと無い」


「そんなことあるから言ってんだよ」


「・・・」


 ・・・はぁ、自分でもよく分からんのだよ。



 怒涛の文化祭から1週間が経ち、東総高校はいつもと変わらぬ日常に舞い戻った。

 今年は例年の来客より多かったらしく、出し物が儲かったと噂だ。高校にしてはオープンなこの文化祭は、老若男女問わず様々な人たちが来客した。俺も実際に目のあたりにしたから間違いない。

 俺は2年生の癖に今年初めての参加だったが、思ったより楽しめたと思う。 

 1日目の劇しかり、2日目の【トーソーモデルズ】しかり、3日目の・・・。

 

 今でもハッキリと思い出せる。


 あの時の彼女を――


 ◇◆



「ごめん、若山さん。俺は若山さんの気持ちに応えられない」


「っ・・・」


「ごめん」


 若山さんは、今にも泣きだしそうな顔で俺を見据えた。

 そのウルウルとした瞳と、今にも崩れ落ちそうな華奢な体に、一気に俺の心へと罪悪感という槍の雨が突き刺さる。


「・・・り、理由を、いいですか?」


 やっとの思いで口に出したのは、思っていた通りの疑問だった。


「・・・」


 理由、か・・・。

 まあ、これは俺にとってはな質問だ。


「・・・俺が、高校生の恋愛なんてこれっぽっちも”信用してない”から、かな」


「しん、よう・・・?」


 若山さんは俺の言葉にポカンとした表情を数秒浮かべ、途切れ途切れで俺の”信用”という言葉を反芻した。


「うん。だってさ、高校生っていつの間にか付き合って、いつの間にか別れてるじゃん。一時の感情の好いた惚れたで付き合って、飽きたら別れる、性格が合わないから別れる、とか。たかが数か月間の関係で付き合ったら普通そうなるって話じゃん。だから俺はそんなになろうとは思わない」


「・・・うぅ・・・ぐすっ・・・」


「あ、ごめんっ!今のは決して若山さんに向かって言った訳じゃなくてですね。世間一般に向かって全国の非リアを代表して言っただけあって・・・」


 やばいっ!気持ち悪い自分語りをしてしまったせいで若山さんを傷つけてしまった。

 どうしよう・・・女子泣かせちゃったよ・・・・俺クズだ・・・。


 それから俺が一人絶望に打ちひしがれていると――





「ち、違うんです・・・。違うんです。そうじゃ、ないんです」


「・・・え?」


 嗚咽を交えながら若山さんは必死に言葉を紡ぐ。


「私は、芦田君への気持ちが本物だって、本当に芦田君を”愛している”って、本気でそう思ってました」


「・・・」


「だけど、芦田君の言葉で気付かされました。私は芦田君の言った通り、”浅くて醜いもの”です」


 いや――彼女はそんなじゃない。


「そんなこと・・・」


「あるんですっ!」


「っ!」


「だって!私考えたんです!芦田君の為に死ねるかって!世界と芦田君を天秤にかけたとき芦田君を選べるかって!悪の組織に芦田君と麻衣ちゃんが捕まったとしてっ、どちらか一方しか助けれない場面に遭遇した時、寸分の迷いなく芦田君を選べるかって!」


「・・・」


 うーん?


「でも私は―――決断できませんでした」


「いや当たり前でしょ!?」


 っ!やばい。若山さんが意味の分からない事を言いだしたから似合わないリアクションをしてしまった・・・。

 いつも頭の中だけでツッコむ俺に、現実でツッコませる猛者が居たとは・・・なんという刺客、若山詩音。

 

「そうですよね・・・私はまだまだでした・・・ごめんなさい芦田君。先程の事はどうか忘れてください・・・」


 そう言って、何故か自己完結した若山さんはやけに落ち込んだ様子で図書室を出て行った。


「えぇ・・・」


 寂しくなった図書室に俺の儚い声だけが響いた。



 ◇◆


 とまぁ、若山さんの意外過ぎる一面を見れたあの日から1週間。

 彼女からは何の音沙汰もない。というか逆にあったら怖い。

 

 俺は確かに若山さんの告白を断った。そして俺の薄っぺらい持論も併せて。

 それが功を成したのか悪運を齎したのか知らないが、彼女は変な方向に話をもっていってしまった。

 やれ俺が死ぬとか、俺と世界を天秤かけるとか、古瀬さんと俺のどちらを選ぶだとか。

 全く、意味が分からない。確かに俺は高校生の恋愛は”浅くて醜いもの”だといった。だがしかし彼女の持論はちょっとばかしぶっ飛び過ぎではなかろうか。

 世界と俺を天秤に掛けるってなんだよ。そりゃ俺を即断出来るわけないじゃん。若山さんの恋愛観が俺の恋愛観と似ているようで全く違うという事を、俺は知った。



 退屈な授業を終え、最近忙しくて行ってなかった本屋行こうと足を運ぼうとすると、校門を出る際俺にとってはよく知った顔が見えた。




――変態ロリコン野郎、祐樹だ。






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