第61話 思ってたのと違う

「・・・なにやってんだ。こんな所で」


「?ああ武流か。ちょっと用事があってな」


――放課後


 俺は群衆が嫌いなためいつも学校の裏門から帰っている。ほとんどの生徒は正門から帰るので大体裏門はスカスカで通りやすい。何で皆はこの校門を使わないのか不思議だ。

 それに伴って、妹の千恵ともほとんどこの裏門で待ち合わせをしている。千恵とはほぼ毎日一緒に登下校をしているが、ここの生徒にバレない理由の一つがそれだ。滅多に人に合わないからね。


 そして、今日も例のごとく千恵と待ち合わせをしていた裏門へ向かっていると、見知った顔が見えた。


「誰か待ってんのか?」


「ああ、靴箱に手紙が入ってて、『裏門で待ってる』とだけ書いてあったんだよ」


「なんだそれ」


 川添祐樹――


 俺の幼馴染でもあり、昔は唯一の友達だった男。

 サラサラな髪は目元あたりで綺麗に切り揃えられ、黒縁眼鏡に色白の肌。相変わらずキモオタっぷりを発揮していて俺はまた嘆息した。

 

 というか、靴箱に手紙って中々に古いことするな。ともすればラブレターとも言えなくもないが、こんな変態ロリコン野郎のこと好きな人なんているのだろうか。

 ・・・それは流石に失礼すぎる気もしなくもない。

 だが本当にそう思うから仕方がない。 

 教室に居れば、小説を開いてニタニタしながらブツブツと小言を言い続けるし。行事には全くの無関心を決め込み、クラスの輪に入ろうとしないし。

 2Dのクラスメイトは、祐樹の事を完全に無いものとして扱っている。だがこれは決して虐めとかではなく、単純に”怖い”のだと思う。

 たって普通に考えて、いつも独り言言いながらニタニタしてる変態野郎が教室に居たら怖いでしょ?おれは不本意ながら耐性を持っているため何とか大丈夫だが、あくまでノーマルな人達に対しては効果覿面だ。話しかけたらいきなり大声出すんだもん(西条体験済み)



 それに、祐樹の”顔”はと見えないしね。髪の毛で顔が隠されてるから祐樹の顔は一部しか見えない。しかも大体俯いてるし。

 だが、仮にそれがラブレターだとして、その女子が祐樹の顔の全貌を見たのなら、確かに頷ける。


 祐樹は――――中学生の頃、学校一のイケメンだったから。


「誰かその手紙に心当たりあんのか?」


「・・・いいや」


「そう」


 まあ、有る訳ないか。


――・・・うん?待てよ。


 なぜ祐樹はそもそも

 祐樹は”あの出来事”以来、完全にオタクの世界にのめり込んだ。それ以外は全く無関心になり、高校に行っているのも親にどうしても行けと言われたからと言っていた。

 それくらい今の祐樹は周りの環境に、人間関係に、そして自分自身さえもに興味がなくなっている。

 そんな祐樹がともすれば悪戯いたずらとも取れる”靴箱に手紙”というなんともありきたりな行為に誘われているのが、俺には心底謎に思えた。

 

 普段の祐樹ならば仮に靴箱に手紙が入っていたとしても、一切の感情の起伏が起こらないはずだ。多分、それが自分宛だとも思っていないのではなかろうか。見た瞬間に一蹴、みたいな感じ。


 その時、俺が一人思考の渦に巻き込まれていると――


「え・・・?」


 俺の背後から、困惑の色を混ぜた女子らしき声が聞こえてきた。


「・・・絵里奈?」


「え、うん・・・」


 俺の呟きに反応する絵里奈。

 いや、君が絵里奈って事は知ってるんだ。なんでここに来たのが絵里奈なのかっていう意味を込めた疑問の呟きだったのだ。

 

「・・・っち」


「ま、待って祐樹っ!」


 舌打ちと共にその場を去ろうとする祐樹に、必死になって声を掛ける絵里奈。


「・・・やっぱり、お前かよ」


「ごめん・・・だけど、話がしたくって」


「だから、今更話すことなんて何もないだろ。何回言えば分かるんだ。お前が毎日のように俺にメールするからお前のアカウントも全部消したって言うのに。・・・気持ちわりぃんだよ」


「っ・・・ごめん」


「こんな手紙なんて方法使ってよ。なんなんだよお前」


「お願い・・・一度でいいから話したいの・・・」


 絵里奈は到頭我慢できなくなったのか、頑張って耐えていた涙を流しながら祐樹に縋る。


 だが――




「だまれだまれだまれ!!!もううんざりなんだよっ!また俺をめる気だろっ!どうせそれもウソ泣きなくせにっ!楽しいか!?そうやって人を弄んでよぉっ!!!!」


「ち、ちがう――」


「あ”ぁ~!消えろ消えろ消えろっ!!!俺の目の前から消えろ!!!!」


 頭を両手で掻きむしり、半ば半狂乱となった祐樹。

 周囲にまで響く――ギりっきしっ、という歯ぎしりの音と、頭に血が上っているのか、目だけで人を殺せそうな程血走った眼に、絵里奈は一歩後ずさる。


「お願い、祐樹・・・は、話を――」


 それでもなお、絵里奈は祐樹へと必死にアプローチをする。

 絵里奈自身も決して生半可な気持ちで来てるわけでは無さそうだ。


 でも――


「絵里奈、もうやめとけ」


 俺は絵里奈を止める。


「っ・・・でもっ、私はっ・・・!」


「ああ、分かってる。でも今の祐樹には何を言っても無駄だぞ。ほら」


 そう言って俺は、祐樹へと指差す。

 その姿は、まるで何かに怯えているかのようだ――


「っ!・・・ごめん、ごめんね祐樹・・・」


「・・・」


 その痛ましい祐樹の姿に、絵里奈はを、今一度思い出した。



 と、そこへ――


「・・・どういう状況?これ」


 俺と待ち合わせをしていた千恵が、今になってようやく裏門に到着した。


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