第59話 大好き

「・・・」


「・・・」


――だから、大好きなんです。


 す、き・・・だと・・・。

 ちょっと待ってくれ若山さん。突然の事で頭の中が混乱しているから今一度整理させてくれ。

 彼女が深刻な顔で俺へ怒涛のラッシュを決めてきたと思っていたら、いきなり「好き」なんて言葉が出てきた。聞き間違えではないと思いたい。だが確かに「好き」と聞こえたはずだ。

 

 俯いているが、隙間から見える顔は真っ赤に染まっている。心なしかその小さく華奢な体は小刻みに震えており、なんか俺が虐めているみたいで少しいたたまれない。


「・・・あ、あの」


「は、はい・・・」


「どうかした?」


 ぴくっ


 若山さんの体が面白いくらいに跳ねた。

 若山さんは俺の問いかけに数秒固まり、意を決したかのように大きく頷いて呟くように言った。やっと俯いていた状態からあげた顔は未だ赤みが取れず、もじもじとした様子だったが、その瞳には強い信念が込められているように感じた。


「・・・先ほど言ったことは、すべて、私の”本心”です」


「・・・」


 

――本心、か。


 彼女は俺に救われたと言った。だが俺にはそんな気全くなかった。それは若山さん本人も承知の上だったらしいが、俺は本当になにもしていない。本当に、何も。

 彼女が2年生に上がった時、最初の自己紹介で若山さんを初めて知ったあの日から、俺は彼女と何かしら”共鳴”していたのだと思う。具体的な例は少ないが、まずはボッチだったという事だ。

 彼女の1年生の頃は知らないが、若山さんは一人の時間が俺と同じくらい多く感じた。だがそんな俺に目を付けたのか、若山さんは時々俺に話しかけるようになってきた。


 偶々隣の席になった時、授業の合間の休み時間、移動教室の際、そして委員会。


 多分、自分と同じ生態系を見つけ嬉しくなったのだろうと俺は考えた。そしてそれは当たっていたようで、彼女は極度の人見知りだったのだが、俺と話す時は些かリラックスしているのように見えた。ボッチの共鳴と言えば良いのだろうか、いつの間にか彼女と話すのは悪くないと、俺も感じていた。


「けど、俺は――」


「芦田君は、私のヒーローなんです」


 俺の言葉を遮る形で、彼女は唐突に語り始めた。


「いつも独りだけど、全く動じない人なんて、私、見たこともなかったし、知りもしませんでした」


「・・・」


 それはディスってるのかな。


「堂々と人前で自分の趣味を言えるなんて、私には絶対には無理ですし」


「・・・」


 あなた隠れ腐女子だもんね。


「芦田君はよく自分の事、卑下してると思います。先程も言いましたが、私は芦田君に救われました。芦田君が意図的にやった事じゃないって、分かってます。それでも、救われたんです」


「・・・それは、分かった。でも俺は、これだけは絶対に、確信をもって言える」


「・・・?」


 ああなるほど――確かに俺は若山さんを救ったのかもしれない。独りぼっちだった彼女の心を深い湖の底から掬ってあげれたのかもしれない。

 ただ、それでも――




「――俺は、”良い人”なんかじゃ、絶対にない」




「っ・・・」


「良い人は、目の前の人間を見捨てたりしない。目の前の人間を悲しませたりしない。妥協で生きない。努力をしないような人間じゃない。――さっきの若山さんの言葉を有耶無耶にしようなんて考えない」


「っ!?」


 有耶無耶という言葉に、若山さんは一層大きく反応を変えた。

 

「”良い人”っていうのは――――若山さん、君みたいな人だよ」


「え・・・?」


 俺の言葉にぽかんとした顔で応える若山さん。

 口が半開きになっていて、ポンコツ顔になっている。


「”友達の為に泣ける人”って、普通に考えて、凄いと思うんだよ」


「そ、それは、麻衣ちゃんの事を思うと可哀想で・・・」


「それだよ」


「?」


 ・・・すごいな。本当に、なんにも分かっていないらしい。自分がどれだけ心豊かな優しい人で、朝日の様に包み込んでくれるような人なのかを。

 

「無自覚からくる優しさほど、残酷なものはないな・・・」


「?なにか言いましたか?」


「なんも」


 思わず口に出してしまったが、どうやら若山さんには聞こえていなかったらしい。

 

 彼女の人間的な本質を魅せられると、途方もなく自分という存在が醜く感じられる。若山さんのように、人を思って、人の為に泣ける。そんな人間になりたかった。だがそんな事無理だと、分かっている。こういうのは天性的なものだ。生まれ持った性格からくるものであって、それを実行しようと思ったら、それは”偽善”だ。そして、欺瞞でもある。

 

 沈黙が訪れる。


 だがこういう沈黙も悪くない。

 沈黙には居心地の悪いパターンとそうでないパターンの2種類ある。今は後者だ。

 ゆったりとした空間に男女2人という、ともすればいけない予感もしなくもないが、この空間は既にそういう概念が取り払われている気がする。

 

 だが、どうしてもさっきの「好き」という言葉が俺の心臓の動悸を加速させる。

 無理やりにでもこの緊張とこっぱずかしさを取り払いたいが、それではいけないと分かっている。

 

 若山さんは、”本心”と言った。

 そうであるならば――そういう事なのだろう。


 俺も、決心するべきかもしれない――


「若山さん」


「は、はい」



 ――彼女からの告白を。





「俺は―――――」


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