第50話 アドリブ

 

 ――2Dの劇、『ヘンゼルとグレーテル』は無事成功した


 最初こそ役者陣のあたふたとした様子に皆不安が募っていたが、いざ本番になると西条と似非武者は練習の時以上の演技力を見せてくれた。


「お疲れー!皆最高の演技だったわよ!他のクラスにも負けていない素晴らしい劇だったと思う!」


 委員長が興奮気味にみんなを褒め称える。


「いやー緊張したけど、なんとか・・・」


「まぁ我なら当然の結果である」


「はっ、さっきまでキチガイみたいだった奴が何言ってんだか」


「なぬっ!それを言うならば西条殿もそうではないか!」


「いんや、俺も緊張はしていたがお前ほどじゃぁない」


「な、なんだとー!」


 本番が終わったというのに、またまた始まった口喧嘩。

 こいつらいつでもマイペースだな・・・。西条たちから目を背け反対側に顔を向けると、役者陣の女子と男子が和気藹々と会話をしていた。あいつらとうとう徹底的に無視され始めたね。それが一番効率的なんだろうけど。


「いやー楽しかった!やっぱり大勢の人の前で演技するって本当に楽しいねっ。」


 お母さん役の神咲さんが、手を大きく広げながら喜んでいる。彼女は、原作通り”最低な母”役をしっかりと、しかも高い演技力で披露して見せた。

 自分が生き残るために、血の繋がった2人の子供を見捨てる最低な母親。この『ヘンゼルとグレーテル』という童話は、一般的にはとても心がウキウキするような、子供向けの内容として知られている。だがそれは、原作の内容をかなりマイルドにしたものだ。原作の『ヘンゼルとグレーテル』はもっと生々しく、汚い人間の本性や良心の沙汰を描いたストーリーとなっている。

 

「美南、演技上手過ぎだよ・・・」


「そうかな?」


「うん。本当に泣きそうになったもん(笑)」


「えぇー!?私そんな怖かった?・・・あんまり自覚ないや」


 これこそ天才というのかもしれない。

 役に入り込み過ぎて、実際にその人物になったかのように錯覚することが、俳優の人に偶にいるらしい。もしかして神咲さんはそういうタイプなのかもしれない。

 そしてもちろん俺も彼女の演技力には驚かされた。特に、母親がヘンゼルとグレーテルを山奥に見捨てるシーンは圧巻だった。本当に一つの映画のワンシーンを見ているかのようだった。


「でもえりっちもとっても良かったよ。あの魔女を釜に落とすシーンは超スカッとしたもん!」


「そう?なら良かった」


 山奥で何の当てもなく途方に暮れていた時、ポツンとあったお菓子の家に目が眩んだヘンゼルとグレーテルは、魔女に囚われそして喰われようとしていた。

 

 だが、それを救ったのは妹であるグレーテルだった。幼いながらも聡明な頭を活かし、彼女は今から煮こまれ焼かれようとしていた釜に魔女を突き落としたのだった。そこから彼女は大急ぎで鉄の戸を閉めかんぬきを掛けた後、牢獄で囚われている兄、ヘンゼルを助け無事感動の再会を果たした。


「あっ、えりっちアドリブで演技したシーンあったよね?」


「・・・うん」


「セリフ飛んじゃったの?」


「・・・いや、違うよ。なんだが本番になってこっちの方が良いかなって思って・・・」


「へぇー凄いねえりっち、咄嗟にアドリブが出るなんて普通出来ないよっ」


「ありがとう」


 確かに、絵里奈のセリフが間違っていたなとは思っていた。だが敢えてアドリブを追加したとは思わなかった。そして何より、俺的にも絵里奈のアドリブの方がしっくり来た。


 絵里奈がアドリブを追加したシーンは、ヘンゼルとグレーテルが魔女を倒し、逃げのびた際に父と再会した時の会話だ。

 

 ヘンゼルとグレーテルの父親――似非武者が父親役――はとても心優しい人物だった。もちろん、ヘンゼルとグレーテルを見捨てると妻が言った時、彼は反対した。だがそれは残念なことに認められなかった。そうであるならな、離婚して子供たちを預かると言えば良いのだが、彼にはそうできない理由があった。

 父親は2人を見捨てたことに深い罪悪感と後悔の念を抱ぎ、毎日夜も満足に寝れない日々を過ごしていた。


 ――そしてある時、妻が野獣に喰われ死亡した


 彼はいいタイミングだと思い、せめて2人の亡骸を探し埋めてやろうと考え、2人を見捨てた山奥に行こうとした。

 そして出掛けようとした時、死んだはずのヘンゼルとグレーテルが家に帰ってきた。

 ヘンゼルとグレーテルは父親を見つけた時、勢いよく父親の首に抱き付いた。彼はなぜ生きている?とうわごとのように繰り返し聞いた。


「お菓子の家を食べて生き延びたわ」


 グレーテルは答える。


 父親は納得は出来なかったが、今は2人が無事だったことに喜ぶべきと考えた。


「お父さん、お母さんは・・・?」


 ヘンゼルが問う。


「死んだよ」


 ヘンゼルは驚いた顔を見せ、すぐ安堵した顔を見せた。


 原作通りならここでヘンゼルとグレーテルは歓喜の涙を流すはずだった。



 だがグレーテル――絵里奈――は、アドリブを加えた。


「なんで?私は会って言いたかった」


 疑問をぶつける。


「会って、なんで私達を捨てようとしたか聞きたかった。お母さんはなんであんなに私を嫌っていたの?・・・」  


 突然のアドリブに、父親役である似非武者は動揺していたが、絵里奈の意を瞬時にくみ取りアドリブにアドリブで応えた。



 口に出して言わなくちゃ分からない、か・・・。なぜ彼女がそのアドリブ加えたのか、聞くのは簡単だがそれは余りにも無粋な質問だろう。絵里奈にも、何か思う事があるのかもしれない。


「よしっ!劇は無事終了したし、あとは明日のメイド喫茶だけ。みんなで頑張りましょう!」


「「「おぉー!!!」」」


 委員長の掛け声にみんなで応える。


 素晴らしい劇を披露出来たのは事実だ。俺も道具作りを頑張った甲斐があるってもんだ。そして一番頑張った若山さん。彼女には後で色々とお礼を言おうかな。

 

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