第51話 メイド喫茶開店
「兄ちゃーん。待った?」
「いいや、そんなに」
千恵とは校門前で待ち合わせていた。
最近は一緒に帰っていなかったのでちょっと違和感があるが、以前までは毎日のように一緒に帰っていたのですぐに慣れるだろう。
「私初めてだけど、東総高校の文化祭って面白いんだね」
「俺も思った」
帰り道の道中、千恵と話しながら帰る。
「ていうか2年生の劇のレベル高すぎない?」
「うん。全クラスレベル高かったな」
「私は2Bの劇が一番好きだったな」
「おい、それを2Dの奴の前で言うな」
そこはお世辞でも兄ちゃんのクラスが一番良かったよ、とか言ってくれればいいのに。
「だって兄ちゃんのクラスの劇、終始雰囲気が暗かったんだもん」
「まぁそういうストーリーだからな」
確かに2Dの劇は好みがハッキリと別れると思った。
最初は『ヘンゼルとグレーテル』を一般的に知られている内容で行おうという意見もあった。だがこの童話を提案した委員長が、
――私は本当の『ヘンゼルとグレーテル』を知ってもらいたいの。
と言ったため、原作通りの内容を行うことになった。
生々しい情景描写や人間の汚い部分を如実に再現できたと、俺は今回の劇を通して思っている。人によってはあの劇を非難するかもしれないが、あの劇は”現代の社会”すらも如実に表しているのではと思う。時代風刺を見せつけられる、良い劇ができたと俺は勝手ながら自負している。
委員長の提案したこの『ヘンゼルとグレーテル』は良くも悪くも、観客に影響を与えただろうと思った。
「けど演技力だったら2Dがずば抜けてたかな」
「そうか?」
「うん。特にみなみ先輩の演技は超ビビった。まさか先輩があんな事できるとは思ってなかったよ」
みなみ先輩とは、神咲美南さんの事だろう。彼女の演技力に皆一様同じ反応を示したようだ。彼女とは最近話すようになったが、こう褒められると何故か我が事のように嬉しいな。
あ、そういえば
「千恵、この間神咲さんと何か話したか?」
この間神咲さんと話した時、彼女は俺と千恵が兄妹だという事に
――今度千恵ちゃんに聞いてみよ・・・
なんて言ってたので、千恵と話をしたと思っていたのだが・・・
「え?してないけど」
「そう・・・」
まだ話していなかったのか。
「・・・なんで兄ちゃんの口からみなみ先輩の名前が出てくるの?」
「いや、この前俺と千恵が兄妹だって事話したら、是が非でも信じないって姿勢でな。それで本人に直接聞くって言ってもんだから」
「・・・」
「どうした?」
何をそんなに難しそうな顔しているのだろうか。何か俺変なこと言ったっけ?
「・・・なんでも、早く帰ろ?」
「そうだな」
苦虫を噛み潰したような顔しながら、何とか声を絞り出したような千恵。
何でもないならそんな顔をしないで欲しいのだが、俺が理由を問うた所でこいつはどうせ真面目に答えないだろう。千恵の性格を俺は良く知っているつもりだ。千恵は良くも悪くも個性的な奴なので、こういう事は今まで何度もあった。まぁ言っても俺に被害が出る訳ではないし、特段気にする必要もないだろう。
◇
「ほぉー!可愛いぃ~」
「・・・」
黙れ西条。
文化祭2日目。昨日の興奮も冷めやらぬ今日。我らが2Dはメイド喫茶というクラス展示をするため、朝から大忙しだ。メイドの衣装や机のセッティング、内装、外装などなど、本当ならば前日からしたいのだが、学校の方針で当日にしか準備は出来ないようになっている。理由は全クラス平等にするためとかなんとか。
クラス発表とクラス展示は順位がつけられる。各学年ごとに1~3位が発表され、1位にはなんと景品が与えられるらしい。皆が頑張る理由はそれもあったらしい。勿論1位という称号は嬉しいが、何より物で釣るという訳か。なんとも厭らしい。だがそれでクオリティーが上がるなら一石二鳥と思わざるを得ない。
そして現在、1年から3年生全員が9時から始まるクラス展示の準備をしている。
一日目はクラス発表。2日目はクラス展示。3日目は個人発表がメインらしい。今日は3日間の中で一番来場者数が多い2日目なので、みんな客を売り込むために躍起なっている。お客を呼び込んだ数が多い方が優勝に近づけるので、よりインパクトの強い【メイド喫茶】はかなり有利ではなかろうか。
しかも2Dは、他のクラスと比べ綺麗どころが揃っている。
これは勝つるぞ・・・
「やべぇ・・・絵里奈さん・・・かわいい・・・」
口をあんぐりと開けたまま絵里奈をじっと見つめる西条。いつもは冗談風に言うのだが、今回は心の底から思っているらしく本音という本音が暴露している。ちょっときもい。
「・・・西条。あんまり見ると気持ち悪がられるぞ」
「あ?あ、あ、そ、そうだな・・・ごめん。でもよぉあれは反則だろ・・・」
「まあ、そうだな」
女子陣は全員ではないが、メイド服に着替えている。綺麗な女子が多いこのクラスは、みんな照れているがとても似合っている。その中には勿論絵里奈も居るわけで・・・
「・・・」
さっき注意したのに再び絵里奈を凝視している西条。
・・・まじきもい。
「あと10分で開店だから、みんな準備してー!」
委員長が掛け声を掛ける。いや、この場合メイド長か。
「なぁ、これ思うんだけど男子めっちゃ役得じゃね?」
「元々男向けの店だろ、メイド喫茶って」
「そうだけどよ、俺らただ客案内するだけじゃん」
西条の言う通り、俺らメンズは客を席に案内する役、所謂接客だ。そしてこの接客が非常に簡単で、料理を運ぶか案内するかだ。とても楽である。
「お、三つ編みちゃん結構可愛いじゃん」
「・・・だな」
さっきから感じていたチラチラとした目線を俺は無理やり無視していたのだが、やはり若山さんだったか。顔を赤く染め、若干俯きながら人差し指同士をつついている若山さん。
朝来た時は驚いた。まさか若山さんがメイドをするとは思わなかった。彼女は極度の恥ずかしがり屋で、数か月前までは教室の隅っこでポツンと居たような子だったのだが、今ではメイド姿になるまで進化を遂げていた。
やはり、文化祭の効果かもしれない。あれほど皆に貢献してくれた若山さんだ。多分クラスにも友達がいっぱい出来たのではなかろうか。やっぱり、嬉しいね。
「あ、あの・・・どう、ですか・・・」
「うん、めっちゃ似合ってるよ三つ編みちゃん」
「え?あ、はい。ありがとうございます・・・」
おまえじゃねぇと言いたげな顔をする若山さん。
「似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
彼女が大きくなっていく様子は嬉しくもあり、寂しくもある。若山さんにも友達ができて、どんどんどんどん素晴らしい女性になって、それはとても喜ばしい事だ。だがそれでも彼女には初心の心を忘れないで欲しい。自分がどれだけ凄いことをしているのかという自覚を持って欲しい。強くなって欲しい。まあ、若山さんなら恐らく大丈夫だろう。俺は、彼女の強さはよく知ってる。
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