第6話
誰に引合されるのだろうと思いながら、無言で廊下を歩く。
案内された先は、美術室だった。今日は活動がない日のようで、誰もいない。
人のいない美術室は、かつて訪れたときのように私を拒んでいる感じはなく、すんなり入ることができる。嗅ぎなれない絵具の匂いに、違うせかいだという感覚は相変わらず残っているけれど。
彼は別室から、鳥の置物を持ってきた。人面鳥ではなく、ごく普通の鳥だ。何かのキャラクターに思えなくもないけど、日本で作られたものではなさそうだ。あの鳥に似ているといえなくもない。
「部員の一人が持ってきたもので、どこか外国の、持ってきた本人も知らないようだったけど、あまり馴染みのない国のものらしい。しかも、著名な美術家が作った物ではなくて、どこかの街角の露店で売られていたもののようだ。
モデルとまでは言わないけど、あえて言うなら、この鳥がいた世界のことを思いながら描いてた」
全長五センチほどのコトリ、毎日藍田君の創作活動とともにあったのは、この子だったのか。鳥は、今後も話すことのないであろう過去を小さな体に秘めながら、目元にうっすらと、幸福な笑みを浮かべていた。
「藍田君は、誰のためにつくってるの?」
「僕はただ、その作品がなりたい形になれるように手伝っているだけだ」
「でも、つくっているのは自分でしょう?」
「そうだけど、作品はいつも自分の手を離れたところにあるから」
単純に「よくわからない」と言えばもっと説明してくれるのかもしれない。でも、きっと今は何を訊いてもわからないんだろう。
同じ年齢を重ねているのに、物事に関する理解の度合いがあまりに違うのを、素直に認めたくないのか。あの子だったらわかるのだろうか。美術部のあの女の子。
でも、私にはわからない。絵なんて描かないし、自分の作った物が自分の手を離れたところにあるなんて、意味がわからない。私が文芸部で書いた原稿や、ギター部で演奏した曲もそうだというのか。
「もう作ってしまったものには、責任はないということ?」
もしくは、他人の心の中にこうして作られたスペースが、がらんとなってしまっても、それは本人のせいではないように。
「それは、あるよ。もっと上手く取り出せたはずなのに、僕の技術がつたなかったからこの程度しかできなかった、だとか」
「何を取り出すの?」
「作品を」
「どこから?」
「そこから」
「なに、それ。空気の中に形があって、それを取り出すの?」
「あまり理詰めで言われても説明しにくいけど、まあ、どこかに作品の種が転がっていて、これは使えそうだなと思ったら、そこから創作は始まっているのかもしれないな」
もっと聞きたかったけど、辺りが暗くなってきたので、話はそこで途切れた。
彼は自転車で通学しているので、普段は帰る時間帯が重なっても一緒に歩くことはないのだけれど、その日は自珍しく徒歩だったので、駅まで一緒に歩いた。
何を話そうか考えるそばから、自分のことで頭がいっぱいになる。ギターを弾いているとき、私は他人の作った曲をただなぞっているだけだ。考えると不思議だ。図工や美術の時間では何かを模倣して作りましょうという課題があった覚えはほとんどない。だけど音楽の時間では、自分で作曲してみましょうという課題は覚えている限りでは一回くらいだった。
「今日はやけに静かだね」
「そっちこそ」
「何か話していないと、クマが出てくるかもしれないよ」
「ここ、山じゃないから」
彼なりに気を使っているのか、たんに思いついたばかりの冗談を口にしたかったのか。今思うことを話してみるには、語彙も時間も足りない。
そうして時は淡々と過ぎていった。
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