第2話

 彼とは同じサークルに所属していた。

 言葉の通り、我々は共通の趣味を持つ者として、同じ一つの環の中にいた。環に入った途端、名前もろくに知らなかった者同士が、ずっと昔から知り合いであったかのように、日々あいさつし合うようになった。図書館で会うと、まるで幼馴染か何かのような調子で、話をするようになった。


 我々が共有していたのは文芸クラブだった。文芸クラブ部室が狭くて、新入生の勧誘活動の期間や、普段冊子を作るときには、空き教室を使って活動するのが常だった。


 四月は新入生がいつきてもいいように、誰かしらが四時半まで残ることになっていた。部員が少ないので、入部したばかりの一年生にもさっそくその役目が回ってきて、放課後空き教室で待機しようとしていたときのことだった。そこには一人の見知らぬ男の子がいて、机に座って何かしていた。目の前には紙があって、手には鉛筆を持っている。何か書いているのだということはわかった。文芸関係者なのだろうかと思いながら、そろりそろりと近づいていく。


 裏紙か何かに、映画のワンシーンを再現しているかのような、男女の姿が描かれている。二人は手を取り合いながら、お互いの顔を見合わせることもなく、同じ方向にある何かをじっと見ている。一体何を見ているのか。その潔くて生き生きとした表情に、想像せずにはいられない。多分何かを模倣して描いているのだろうけれども、原作を読んでみたくなった。それ以上に、そこには彼だけに見えた世界が正確に再現されているようで、思わず息をのんだ。


 私が見えているだろうに、顔も上げないまま黙々と鉛筆を走らせる、知らない人。校章のカラーから、同じ学年だということはわかる。

「それ、なんの絵?」

 と尋ねると、彼は手を止めて、ゆっくりと顔を上げた。返事はなかった。

「文芸の人なの?」

「どうかな」

 どういうことだろうと思って黙っていると、

「さっき初めてここに来たんだけど、興味がある素振りを見せてたら、二年生の人から『ちょっとここにいてくれ』と言われたんだ。定かではないけど、多分今、留守番しているんだと思う」

 まるで他人事のように言うので、笑ってしまった。


「入部するの?」

「まだ決めていない。美術部にも入っているからね」

「大丈夫だよ、みんな兼部してるんだから。私もギター部に入ってるし」

「やけに熱心だね。勧誘のノルマでもあるのだろうか」

「だって、人数多い方が楽しいじゃない」

 それは本音ではなかった。私はどちらかというと人数が多いのは嫌いなのだ。思わずそんなことを言ってしまったのは、彼が裏紙に描いた絵に興味を持ったからだった。こんな絵を描く人なら、きっとどこか興味深い部分があるはずだ。それを暴いていくためには、同じサークルの構成員になるのはよい方法だと思ったのだ。私の思惑が完全に成功したのかどうかはわからないけど、そうして私は、その後も彼の世界を垣間見るきっかけを手に入れたのだった。


 文芸クラブでは、みんなで示し合わせて集まるのは年に数回、持ち寄った原稿を印刷して冊子にするときだけだった。そんなわけで、自然とギター部へ足を運ぶことが多くなる。しかしあるとき、休んだ翌日に、「昨日は来なかったんだね」と珍しくとがめるようなことを言われてから、どうしてか文芸のほうを優先することが多くなった。そうすると、今度は向こうが美術部にかまけてこちらに来ない。そんなときには私の方から、「昨日は来なかったね」と非難の色を交えてつぶやいた。


 山の雪がとけてなくなっていくように、私達は徐々に打ち解けていった。しかしその雪は、万年雪のようにいつもどこかしらに残ったままだった。


 例えば、ちょっといい気になった私は、さして急でもない用事のために、美術部へと偵察へ行く。休憩の時間なのか、お菓子の袋を広げてみんなで談笑しているのを盗み見る。あまり目立つタイプではないけど、いつの間にかみんなの中心にいるのは我々のクラブにいるときと変わらないけど、それを囲む仲間や話している内容はまるで馴染みのないものだ。私はただ黙って立っていることしかできない。


 私の存在が認識されると、途端に会話が止み、みんなの視線が集まる。そのまま静止していると、「入ってくればいいのに」と言いながら、彼はこちらへやってくる。

「藍田君だって、ギター部に来たとき、部室に入ろうとしなかったじゃない」

 俯きながら小声で呟くと、

「中で誰かが着替えてると困ると思ったんだ」

 などと言い、私が顔をしかめるのを見て、小さく笑うのだった。

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