三十三階からの景色

高田 朔実

第1話

 あの人のことを思い出すとき、決まって頭の中に流れる音楽がある。


 その音楽が流れてくると、高い山の上からの、ずっと向こうに知らない街並みが見える。まだ見ぬ世界に思いを馳せているのは、私なのか、それともあの人なのか。彼が何を考えているのか、いくら想像してみてもわからないけれど、同じ景色を見ることくらいなら私にもできるかもしれないと思う、願ってみる。そうしているうちに、やがて、地面よりもっと深いところから、ふつふつと青い色が湧いてくる。あの人はいつも、私をこことは違うどこかへと連れて行ってくれるのだ。


 そんなイメージがそのまま彼といた時間を表しているようで、少し淋しくもある。飽きるほど毎日顔を合わせていたのに、今となっては、どこで何をしているのか人づてに聞くことすらない。少し手を伸ばせばいつでもそこにあると思っていたものには、いつも触れることはなかった。


 彼は、いつも淡々と手を動かして、何かしらを作っていた。例えば文化祭のときは、クラスでお化け屋敷をするらしくて、みんなと一緒にお面を作っていた。お面なんてどこかで買ってくればよさそうなものなのに、彼はそうしない。針金で枠を作って、紙や紙粘土を貼り付けて、乾燥させた後アクリル絵の具で着色し、時間をかけて自作するのだ。教室ではスペースがないのか、その作業はなぜか我々のサークルの展示をする部屋で行われていたので、私は横で一部始終を見ていた。


 みんなは彼にそそのかされながらも、自分たちはお面作りを純粋に楽しんでいるのだと信じて疑っていないようだった。だけど私にはわかっていた。彼らは、あの人の思うがままに動かされていただけだった。お面にそれぞれ違う顔を描いてみても、結局は彼が見本として示したものの域を出ることはなく、それらを一生懸命なぞっているだけ。用意された道筋に上手く誘導されて、せっせと働いていただけだった。


 それはお面作りに限らず、何にしてもそうだった。そして私も、結局のところそんな中の一人に過ぎなかったのだろう。彼の周りで、他のみんなと手をつないで輪になってぐるぐる回っている、そのうちの一人の域を出ることはなかった。そうして今、あの人が作り出す世界についてはぼんやりと思い出せるものの、あの人自体がどんな人だったかは、ほとんど知らないままでいる。


 あのとき彼が見ていた景色は、いつも私には見えていなかった。


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