第2話 血脈
昨日渡された住所をスマホのナビに入れて俺は賀茂の家を目指していた。昨日の出来事は思い返すと色々と腑に落ちないところがあった。賀茂が見せた式神、俺たちを襲ったカラス。賀茂の誘いのままに、のこのこと家を訪ねる事に抵抗はあったが、賀茂がこのモヤモヤした気持ちになんらかの答えを出してくれるのでないかという期待はあった。『それにしても…』俺は辺りを見渡した。京都の中心から見ると北東に位置するこの辺りは緑が多い場所ではあるが、賀茂の家は更に奥まったところにあるようだった。
少し迷って俺はやっと賀茂の家にたどり着いた。迷うのも当然で賀茂の家は周囲の樹木に囲まれ、隠されるように建っていた。鳥居のような変わった門、更に言えばその門の上には猿の 彫り物が据えられており、なんだか普通の家と言うより神社のような雰囲気の佇まいだった。門から家の玄関までは少し広い庭があり、俺は門の内側に入るのを躊躇した。しかし、その瞬間、玄関の扉を開けて賀茂が顔を覗かせた。
「遅かったね篁君。待ってたよ。」
そう言って俺に右手でおいでおいでをした。俺周りを見回しながら玄関前まで進んだ。
「今、お母さんは出掛けているんだ。さぁ入って。」
賀茂はそう言うとさっさと入ってしまった。
「…お邪魔します…」
俺は一応挨拶の言葉を述べて賀茂のあとに続いた。賀茂の家はその中も変わっていた。家の外からは分からなかったが、大きな中庭を囲むように廊下が配置されて 、その中庭はなんとなく我が家にある剣道場を連想させた。
「俺が来たのよく分かったな、門のどこかにインターホンでもあるのか?来客が見える。」
俺は先ほど気になった事を聞いてみた。
「インターホン?そんなものがあったように見えたかい?」
賀茂はそう言うとクスクスと笑った。
「妖魔の一部にはね、賀茂家に恨みを持つものもいてね、まぁ逆恨みなんだけど。たまにそういった妖魔の急襲に遭うことがあるんだ。だから門に
「…おい待てよ…」
「知らないかな、古来より猿は魔除けの…」
「待てったら!」
俺はつい大声を張り上げていた。
「昨日から理解できない事ばっかなんだよ!更に解らない事を積み上げないでくれ。何がなんだかさっぱり解らない俺に、分かるように説明してくれ!」
賀茂はビックリしてしばらく俺の顔を見つめたあとにつぶやいた。
「本当に何も聞かされていないんだね。」
「〝何も〟って何?お前が何か知ってるんなら教えてくれよ。俺はお前が何か教えてくれるかも、と思って来たんだ。」
「僕が話していいのかわからないけど、僕には篁君の協力がどうしても必要なんだ。話すけど後悔しないかい?」
「話される内容も分からないのに後悔するかしないかなんて分かるわけないだろう。話してくれ、どんな話か分からないけど絶対に賀茂を恨まない。それでいいか?」
賀茂は数秒考えたあと、決心したのか数度うなずくと意を決したように背を向け歩きだした。
「ついてきて、僕の知っている事は全部篁君に伝えるよ。」
俺は賀茂の後に従った。
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「古文書?」
俺の口から自然とその言葉が漏れた。
「その話もあとでするけど…えーと、この椅子に座って。」
賀茂は書庫の高いところにある本を取るために使われていた椅子を俺の前に持ってくると、身振りで座るように促した。そして自分もやたら広い机の前にあったイスをこちらに向け、腰かけた。
「昨日の晩から色々考えたんだ、僕から篁君に状況を説明するとしたら、どういう順序で話せば分かりやすいか。」
「そんで?」
「説明用のメモというか、原稿を書き出したら10枚ぐらいまでいって…」
「行って?」
「止めた。」
「やめた!って…」
「あっ、勘違いしないで、説明はするから、ただ『解りやすく』っていうのを諦めたの。シンプルに一番大事な事を伝えて、あとはおいおい説明しようと思うんだ。」
「…まぁいい、その一番大事な事を先ずは聞かせてもらおうか。」
「うん…実は僕が
「…ちょっと何言ってるか分からない…」
「…取り敢えず『そうだね、おー!』っていう感じにはいかない?…」
「…いくと思うか?…」
『はーっ』と賀茂は大きなため息をついた。
「そうだよな、はしょりすぎだよな。」
そう言うと賀茂は椅子に深く座り直すと腕組みをした。
「少し長い話になるけど篁君にも関係がある話だから付き合ってよ。」
俺は無言で頷き、付き合う覚悟を示した。
「僕は昨日少し話したけど賀茂家の末裔。つまり陰陽師の末裔であることは昨日言ったとおり。陰陽道って何か分かる?」
「なんか不思議な術を使うんだろ。昨日見た式神とか。」
「陰陽道ってそもそもそういった目に見えて不思議な事をするのが目的ではないんだよね。」
「そうなのか?」
「もともとは自然からのメッセージを読み解いて、気象や自然災害を予測し、民に寄り添い助けるのか陰陽道なのさ。」
「今の気象庁みたいなもんか?」
「目的は近いけど手段が違うかな。今の気象庁は宇宙からの映像や気圧を測って数値化したりして情報を集めるだろう。」
「そうだね。」
「陰陽師は神々や妖魔、精霊といった人外の声を聞くことで予想したのさ。」
「そこさ!そのSF小説のような話はどうしても受け入れがたいんだが。」
「無理はないよ。俺も死んだ父から小さい頃にこの話を初めてされた時、信じる事はできなかった…でもそれが賀茂の血筋がなせる技なのか、父からの陰陽道の教えを受け始めたからなのか、小学校六年生の誕生日のから、他の人には見えないものが見え始めた。」
「…驚きはなかったのか?」
「驚いたさ!でも幸いにも父から聞かされていた事が自分の身に起こったという事でパニックにはならなかった。その事を父に話すとすごく喜んでくれて…」
賀茂が少し涙声になった。亡くなったと言っていた父の事を思い出したんだろう。
「…陰陽師としての本格的な修行が始まったのはそれからさ。先ずは小さい精霊や妖魔に話しかけて、仲良くなれたら『契約』するんだ。すると必要な時に呼び出す事が出来るんだよ。ただしその『契約』した精霊や妖魔が近くにいなかったり、機嫌を損ねていたりすると呼び出そうとしても来てくれない事もあるんだ。」
「一方的な関係じゃないんだ。」
「そうだよ。色々な事を教えてもらう、あくまで協力をお願いするんだ…いや実は無理やり言うことを聞かせる術もあるにはある。でも、もう二度と言うことを聞いてくれない可能性が高いかな。」
「じゃあ、昨日の式神もそうやって賀茂が友達になった精霊やら妖魔が関係しているんだね。」
「その通り。あっ、それとね精霊と妖魔って分かりやすいように使ったけど、実際には明確な区別なんてないんだ。どちらかというと人間に好意的なのが精霊、人間をあまりよく思っていないのが妖魔ぐらいのざっくりしたくくりさ。精霊が何かのきっかけで妖魔になることだって多々ある。日本に残る伝承でも神様が人に害を及ぼすものがあるでしょう?」
「ごめん、俺そういうのに疎い。」
「うん、そんな感じしてた。」
俺は少し傷ついたが、黙って賀茂の話の続きを待った。
「逆に普段は人間にあだ成す妖魔も、働きかける術者次第で協力してくれたり、お願いする内容によっては協力してくれたりするんだよ。」
「で、そのお友達精霊君が紙に乗り移って式神さんになると。」
「…篁君、分かってないようだから言っとくけど、依り
「そうなの?」
「そうだよ、人間に取り憑いて災いをもたらすぐらいにはね。」
「昨日の式神様お二人はどこに?」
「君の足元、君の顔を見上げてる。」
「…」
俺は座ったまま椅子を少し後ろに引いた。
「大丈夫、彼ら笑ってる。怒ってはいないようだよ。そろそろ君の、篁家の話をしょうか。」
俺は唾をごくりと飲んだ。
「篁家は古くは賀茂家に仕えた優秀な依り代の家系さ。さっきも言ったけど陰陽道の本質は民に寄り添い、気象を予想したり災害から守る事にある。しかし、精霊や妖魔、時に神々といった力の強いものたちと交信が出来ると必ずその力を利用しようとする者が現れる。そういった本来の陰陽道の道に外れた者が民に害を及ぼす危険が迫ったときに、我が賀茂家の『
「…簡単に言うと神々が俺のご先祖様に乗り移って民を救った、という事?」
「…間違ってはいないけど。そう簡単な事ではない。召喚する神々や妖魔が強力過ぎると憑依を受けた依り代がコントロールできない。下手をすると妖魔に体を乗っ取られて意識が戻らない事もあったそうだ。逆に、召喚する妖魔が弱すぎると強い妖魔には対抗できない。」
「バランスが難しいという事?」
「そう、そこで大事なのが依り代の能力だったんだ。妖魔に支配されないように強い精神力が必要なのはもちろん、強靭な肉体を持つ事で神々、妖魔の憑依時の強さが普通の人の何倍にもなる。ようは精神と肉体を極限にまで鍛える事で、安全により強い厄災に対抗できるのさ。」
「昔はその依り代を篁の人間がやっていたと。」
「現代に於いても賀茂家と篁家の役目、関係は変わらないよ。」
「いや俺はそんな話聞いてないし、親父からそんな訓練も受けていない。」
「君は剣道をお父さんから小さい頃から教わってきたんだろう?それこそ正に篁家としての修練じゃないのかな?長い歴史の中で、民に危険が無い時はその役目、関係がしばし忘れ去られる事もあったし、忘れる事が許された。しかし、民に危険が迫った時、必ず賀茂家の“棟梁”は篁家の“範士”を探し出し、協力して民に降りかかる厄災に対抗してきた。」
「じゃ何かい?今、何かしらの厄災が近づいていると言うのかい?」
「残念ながら間違いなく近づいているよ。」
「普通の人には見えない、妖魔が見える僕だから分かるんだけど、今年になってから巷にあふれる妖魔に明らかな変化が見られるんだ。まず人間に強い悪意を持った妖魔が増えた事。またそういった妖魔の中にそれ以前にはほとんど見られなかった強力な力を持った妖魔を目にするようになったんだ。そういった妖魔が何かのはずみで人間に対して本気で攻撃を仕掛け始めた時には何かしら不幸な事が実際に起こる、また妖魔自体が霊体としてではなく、質量を持った実態に顕在化して人を襲う可能性もある。」
「昨日のカラスもそういった妖魔の仕業か?」
「そうだね、カラスに何かが憑依していた。それが、妖魔が自身の意志での憑依か、何者かが妖魔をカラスに憑依させたのかまでは分からなかったけどね。」
「つまり陰陽道を使う何者かが、妖魔を使って人々に害をなそうとしていると。」
賀茂は俺に真剣な表情を向けて黙ってうなずいた。まだ細かいところまで納得できた訳では無かったが、昨日起こった出来事についての輪郭は見えた気がした。
「その誰かは判らないのか?」
「多分、向こうは僕を知っている。部室で襲われた事からも間違いない。そして向こうはこちに悟られないよう巧妙に気配を消している。」
その時、俺の脳裏には先ほど階段ですれ違った女生徒が浮かんだ、『襲って来たのは彼女ではないのか?』ただ確かに確証は何もない。考え込んでいる俺に賀茂が話を続けた。
「篁君はお父さんから篁家の“務め”については本当に何も聞いていないの?」
「何も聞いていない。」
「…そうか…という事は篁家の“範士”はまだ君のお父さんだね。当たり前か、まだお元気だものね。」
「ちょっと待てよ、その賀茂家の“棟梁”ってお前なの?」
「そうだよ。僕の父は昨年亡くなった。妖魔がはびこり出したのは父が亡くなってからの事さ。」
「…そのお前の親父の死と、妖魔が増え始めた事、なんか関係あるんじゃないのか?」
「僕はあると確信している。そして篁家の君との邂逅。これには意味があると思うんだ。」
賀茂の話は聞き始めた時には半信半疑であったが、先日襲われた理由の答えとしては辻褄が合う上に、色々な説明を受けるうちに俺は真実ととらえ始めていた。
「篁君、僕はなるべく早くに君のお父さんと話をしなければならないんだ。明日にでも会えるよう取り持ってくれないか。」
俺はもう一度だけ今までの話が真実かどうか確認しようと賀茂の目の奥を探ったが、真っ直ぐに俺の目を見つめ返す賀茂の目からは彼の覚悟と真実しか話していないという絶対的な自信しか伺えなかった。
「分かった。今晩にでも親父と話す。明日、放課後に俺の家に来い。」
俺は椅子から立ち上がると賀茂に帰宅する事を伝えた。
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