勝手に神々を憑依させるんじゃねぇ!(仮)

内藤 まさのり

第1話 邂逅


 正門の前に立って、篁政義たかむらまさよしは改めて自分の不幸を呪いながら正門に刻まれた校名を仰ぎ見た。中学校時代、自分は常に学校のトップクラスの成績を収めており、県内のトップ校を目指して猛勉強していた。模試に関しては常に県内の50番以内に入っており、幼い時から父親に教わった剣道においては県内ナンバーワン。珍しい二刀流を扱う事から“ムサシ”の通り名で呼ばれていた。文武両道を兼ね備えた自分には希望に満ち溢れた高校生活が待っていると信じていた…がそれは実現しなかった。正門に刻まれた校名は目指していた高校の名ではなかった。


「いよ~マサヨシ、もう体はいいのか?お前も剣道やるんだろう?またお前と剣道できて俺、嬉しいよ~。」


 話しかけてきたのは、小・中学校時代に同じ剣道会に所属していた晴海剛はるみごうだった。


「でもびっくりしたよ。お前は成績優秀だったから高校は別々になると覚悟してたのに。これも“運命”っていうやつかな?」


そういって晴海は俺の肩に手を回して豪快に笑った。


「…ゴウ、受験期間中に肝炎になって入院し、志望校を全く受験できずに地元のふつ~の高校にしか行けなくなった事が俺の運命だったと?そう言いたいわけ??」


「何言ってんだマサヨシ。そうなっちまったもんくよくよしても仕方ないだろう?もっとそう、ネガティブ?前向きに考えろよ。」

「ゴウ、それを言うならポジティブだ!」


 俺は肩に回した晴海の腕を振りほどきながらそのいい加減さを指摘した。


「それそれ!じゃあな、放課後、剣道場に練習見に行こうぜ!」


 陽気に手を振りながら晴海は自分の下駄箱のある方向へ消えていった。


「まったく、人の気も知らないで!大体あいつは前から...」


 不意に俺は誰かの視線を感じてその方向に視線を向けた。

 校舎の3階から女生徒が顔を出していた。遠目に顔はよく見えないが、長い黒髪の女生徒である事は分かった。少しの間があり、俺は彼女が〝俺〟を凝視している事を確信した。その途端、彼女は校舎の中に姿を消した。姿を消す間際、彼女が笑った気がしたが...気のせいだろうか。


*********************


 入学式、始業式といった俺にとっては退屈なイベントが終了し、本格的な高校生活が始まった。しかし、受験に失敗した、というより、自分の健康が理由ではあるが、希望校を受験する機会すら得られなかった俺にとっては当然モチベーションは上がってこない。授業時間はほとんど〝上の空〟で、時間だけが過ぎていった。休み時間もそんな状態の延長で一人で窓の外を眺めている事が多かった。そんな俺だったから話しかけられている事に気が付くまで少し時間がかかった。


「ねえ、たかむらくん聞いているの?」

「うん?!」


 俺は顔を声の方に向け、初めて自分に話しかけていた生徒の顔に焦点を合わせた。いかにも度の強そうな眼鏡をかけた小学生かと見紛う小さくて痩せた生徒が俺を睨んでいた。


「僕の話を聞いてた?」 

「いや聞いてない。」

「どこから聞いてないの?」

「…全く…」


 “はぁー”とため息をつくと、思い直したように背筋をピンと伸ばして、その牛乳瓶の底のような眼鏡に手を手で押し上げると話し始めた。


「僕の名前は賀茂忠晶かもただあき、“超常現象研究部”の部長だ、よろしく。」


 そういうと彼は右手を差し出した。


「カモ君?とやら、この学校のクラブ紹介には超常現象研究部なんてのはなかったはずだが。」

「いや実はまだ部としては認められてないんだ、というより同好会としても申請していない。全ては君と僕でゼロから作り上げていくんだよ。」


 彼はそういうと今度は“グータッチ”の“グー”を僕に向けて突き出した。


「…今、『君と僕』って言った?なんでそこで俺が出てくんだよ!」


 彼は“グー”の姿勢はそのままに不思議そうに続けた。


「君がたかむらで僕が賀茂かも。僕らは出会うべくして出会ったんだよ。」


 賀茂は興奮してかどんどん顔を近づけてくる。下手なナンパのようなセリフもあってか俺も何故か赤面している事に気付いた。


「やめろ!お前ストーカーなの?」


 椅子から立ち上がると賀茂の胸を少し押した...つもりが身長差もあってか賀茂は後ろ向きに大きくよろめくと椅子につまづいて転んでしまった。


「すっ、すまん。」


 俺は慌てて賀茂が起き上がるのに手を貸した。


「だ、大丈夫か?」


 頭を打ったのか、賀茂は後頭部をさすっている。


「順を追って話さない僕も悪かったかな、ごめんね篁くん。」


 そういうと賀茂はぺこっと頭を下げるとさらに続けて言った。


「放課後、部室に来てくれないかな。待ってるから。3階の北側の一番奥にあるから、部室。」


 そういうと実は転んだダメージが大きかったのか賀茂はふらふらと教室を出て行った。


********************


 放課後になって、俺はその“超常現象研究部”を訪れようかどうか迷っていた。変わったやつだとは思ったが、彼が思いのほか強く転んでしまった事で、怪我をさせてしまったのではという心配もあったし、何より『僕らは出会うべくしてして出会った』という賀茂の言葉がどうにも気になった。俺は彼の顔に見覚えはない。確かに俺の名は剣道の世界では少しは知られていると思う。こっちが向こうを知らなくても、向こうがこっちを知っている事はあるだろう。でもその『出会うべくして出会った』理由が俺の“たかむら”という名前に関係があるような事を賀茂は言っていた。


 「話だけでも聞いてみるか…」


 俺は1階にある教室を出ると校舎の3階にあると賀茂が言った部室に行くために階段を昇り始めた。そして2階まで来た時、俺は2階と3階の間の踊り場で、壁に寄り掛かりながらこちらを見ている女生徒に気が付いた。背が高く、髪が黒く長い…どこかで…俺は思い出した。初めてこの学校に登校した朝、校門の前に居た俺を校舎の3階からじっと見ていた女生徒。あの時は遠くてはっきりと顔を見たわけではなかったが、この感覚…間違いない彼女だ。俺は何となく階段の先を見据えながら、彼女を視界の中で捉えた。何故か自然に剣道の試合中、相手の面の奥の瞳を見据えつつ、身体全体を視野に捉え、一瞬の微かな動き見逃さないいわゆる“超集中状態”に入っていた。階段を上る俺に彼女の視線は完全にロックオンされていた。しかも視線と共に送られてくる“気”は剣道の上段者が試合で発するものに近い。階段を上がりながら俺は背中に冷汗が滲むのを感じた。俺は彼女に対して何ら特別に気を払っていない風を装いながら彼女がいる踊り場まで階段を上った。そして、少し距離を置いて彼女の前を通り過ぎ、そして3階に向けて階段を登ろうと彼女に背をむけたその刹那、彼女の“気”が変わった。『襲ってくる!』俺の本能が警笛を鳴らすと同時に、俺は階段を2段飛ばして3階まで駆け上がると振り向きざま身構た…しかし、踊り場に彼女の姿はなく、ふと視線を巡らせると彼女は踊り場から2階に降りる階段の中ほどを静々と降りていた。混乱の中で、俺は彼女を目で追っていた。そして、2階に降り立った彼女が不意に振り向いてこちらを仰ぎ見た。視線がガッチリと交差した。その途端、彼女は物凄い形相の笑顔を見せた。狂気をはらんだ笑顔。俺は恐怖で鳥肌が立つのを感じた。しかし彼女はその笑顔を一瞬で消し、逆に意志の感じられない無表情な顔を正面に戻すと背を向けて歩き去っていった。


********************


 部室は見つかった。いかにも手作りのプレートがドアノブに紐で下げられておりそのインスタント感に苦笑いしそうになったが考えてみると同好会にもまだ申請していいないという部が何故部室を持てるのだろうか?しかし俺はさっきの女生徒とから受けたインパクトが大き過ぎて、その事をじっくり考える余裕は無かった。

軽くノックをして、俺は中に呼びかけた『賀茂君』。しかし返事は無かった。もう一度ノックをしてからゆっくるとドアノブに手をかけると回してみた。ノブは回った。それはそっと扉を開けてみた。みると賀茂が一心不乱に忍者のようなポーズをとって何かを唱えている…その先には…折り紙のようなものでできた小さな兎と蛙が相撲を取っていた。


 「それ、どうやってるの?」


 自然と出た俺の言葉に賀茂はびっくりして飛び上がった。


 「だれ?何?何でもない!出てって!」


 パニック状態で賀茂は俺に掴みかかってきた。


「落ち着け、俺だ篁だ。お前が部室に来てくれっていうから!」

「たかむら…」


 そうつぶやくと賀茂は俺の顔を認め、おとなしくなった。


「ごめん篁君、今の見た?」

「見たって、あの折り紙の兎と亀の相撲か?あれどうやってるの?」


俺はそういうと部室内に置かれた机の上に置いてある紙で出来た兎と蛙を摘み上げた。しかし、なんとはないただの紙で出来た兎と蛙でどうやって動かしていたのかは判らなかった。賀茂は部室の入り口に向かうと中から鍵を閉めた。俺は密室になった事で少し警戒し、賀茂に正対した。


「あっ、鍵を閉めたのは誰かが入ってこないため、今から話す事は他人には聞かれたくないんだ。まぁ、聞いても信じてくれないだろうけど。」


 賀茂はそう言うと部室の隅っこにあった椅子を持って来て俺の前に置いた。


「座って、篁君。」

「ちょっと待てよ、俺が聞きたいのは昼間に言ってた俺とお前の関係だけだ。それさえ聞けば用は無い。俺はお前の部に入るつもりでここに来たわけじゃないから。」

「分かってるよ、篁君。でも僕と君、正確に言うと賀茂家と篁家の関係を聞けば考えが少し変わるんじゃないかと思うんだ。少し長い話になるけど下校時間までは時間がある、さぁ座って。」


 そう言うと賀茂さっさと別の席に腰を下ろして俺が座るのを待った。『何の話だ?』と訝るおれが座るのを待って賀茂は話し始めた。


「篁君はお父さんから篁家の『秘事』について話は聞いた?」

「『ひじ』?何の事だ。俺のおやじの頭の中には剣道と古武術の事しかねえよ。先祖の話か何かか?聞いた覚えはねえよ。」

「じゃ、それはいつか誰が篁君に話すはずだからうちの、賀茂家の話をするね。篁君は『賀茂 忠行(かものただゆき)』って人知ってるかな?」

「“かものだたゆき”? 知らないな。有名な人なの?」

「結構有名な人なんだけど…あっ、じゃ安倍 晴明あべのせいめいは?」

「ん? “あべのせいめい”なら聞いた事あるな。えーと、なんか昔の妖術かなんか使う人だっけ?でも実在する人なの?」

「…篁君、日本人なんだからもう少し日本史に興味を持った方がいいよ。」

「おいおい、俺の偏差値知ってて…」

「陰陽師だよ、安倍 晴明は。日本の歴史上、最も有名で最も強力な陰陽師。

その安倍 晴明を見出し、陰陽道を確立した人が賀茂 忠行、僕のご先祖さまさ。ただ、その忠行様は次第に平安時代の貴族達に取り入り、権力と富を得て本来の陰陽道の目的も失われていったんだ。ただ一族の中には権力も富も捨てて野に下った人たちもいたんだ。」

「お前…いきなり何言い出すかと思えば…そんな昔話いきなりされても…。」

「賀茂忠行についてはネットで調べれば実在した人かどうかは分かるよ。そして僕の話を信じてもらうには…うん、証拠を見せた方が早いね。」


賀茂は椅子から立ち上がり、紙でできた兎と蛙が置いてある机に近づくと、指を額に近づけて、忍者のようなポーズを取った。


「しばらくの間、目の前で何が起こっても声を立てないで。」


そう言うと彼はぶつぶつと何かを唱え始めた。お経に似たイメージだか途中に間があったりして誰かと会話をしているようにも感じられた。『カサカサ…』見ると机の上の兎と蛙がまた相撲を取り始めた。


「お前って…手品が上手いのか?」

「違うよ!手品じゃない。話の展開から考えてよ。これは式神、陰陽術のひとつさ。」


 俺の注意が兎と蛙の相撲に注がれていたせいか、賀茂の説明は耳には入っていたが、頭で理解する事は出来なかった。


「その陰陽術とやらで紙の兎と蛙に命を吹き込んだ…そういう事?」

「少し違うかな。この世界には普通の人には見えない神様や妖怪がたくさん住んでいるんだ。篁君も篁家の末裔だもの、修行さえすれば見えると思うんだけど、で、その神々や妖怪を何かに憑依させたのが式神さ。」

「…よくわかんないけど、折り紙に幽霊が乗り移って動いている、という事か?」

「篁君、妖怪と幽霊は違うよ、幽霊とは死んだ人間の…」


 『ガシャーン』突然部室の窓がけたたましい音を立てて割れたかと思うと、その割れた窓から真っ黒い生き物が飛び込んできた。


「カラス?」


 大きなカラスが一羽、部室の床で羽を畳み俺と賀茂の顔を見比べていた。


「かわいそうに、逃がしてやらなきゃな。」


 そういうと俺は窓ガラスを空けてやろうと窓に近づこうと一歩踏み出した。その時だった。カラスが『ギャー』とカラスらしくない鳴き声で鳴くと同時に異様な“気”を発した。賀茂が叫んだ。


「篁君、下がって!」


 俺は立ち止まると反射的に賀茂の方を見た。賀茂は近くの机の上にあった折り紙の束を掴むと、部室内に束のまま乱暴に放り上げた。様々な色の折り紙の吹雪が宙を舞った。すると賀茂は眉間の前に人差し指と中指を立てると目を瞑り意味不明な言葉の詠唱を始めた。すると、宙に舞っていた折り紙が勝手に色々な動物に形を変え始めた。ある折り紙は鳥に、ある折り紙は亀に、そしてある折り紙は魚に。そして一斉にカラスに向かって攻撃を始めた。


「篁君、今のうちに早く!」


 目の前で繰り広げられる未だ経験した事のない状況の連続に俺は賀茂に促されるまま部室のドアに走り寄り、賀茂が掛けた鍵を外して廊下に転がり出た。跳ね起きると兎に角その場所から離れようと廊下を走り始めた時、後ろから賀茂が来ない事に気付いた。『あの妙なカラスと戦っているのか?』俺は足を止めた。その場で一瞬賀茂が出てこないかと待ったが、次の瞬間には俺は行動を起こしていた。目の前の教室に飛び込むと後ろの『掃除用具入れ』を開け、頑丈そうな柄のモップを取り出した。そして走りながらモップの重量を確かめ、振り下ろした際の感覚をイメージした。『よしやれる。』俺はさっき飛び出したばかりの部室に飛び込んだ。床に倒れた賀茂の頭のそばにカラスがいる。今にも賀茂の顔に嘴を突き立てそうな気配を感じた。俺は部室に飛び込んだ勢いのままにモップを横に薙いだ。『ドスッ』という鈍い音がしてモップの直撃を喰らったカラスは横に吹っ飛んだ。が、部室の壁にぶつかる前に羽ばたいて体勢を立て直した。そして今度は真っ直ぐ俺に突っ込んできた。俺はモップを上段に構えると、カラスが間合いに入った瞬間、渾身の力を込めてモップを振り下ろした。『もらった!』そう思った瞬間、目の前のカラスが消えた。勢い余ってモップは床を叩いた。その刹那、俺は後ろから迫る凶暴な“気”を感じた。俺は床を叩いて跳ね返ったモップの勢いそのままに再度振り上げると、身体を反転させて上段から振り下ろした。『ドスッ』モップはカラスの頭を直撃し、カラスは床に墜落した。その瞬間、異様な“気”が消滅した。床でバタつくカラスは普通のカラスでしかなかった。俺は荒い息をしながら尚もモップをカラスに向けて構えていた。


「もう大丈夫だよ。そこにいるのはただのカラスさ。でもさっきはそのカラスに何かが憑依していた。邪気が強すぎて正体までは分からなかったよ。」


 見ると賀茂が床に座って力のない笑みをこちらに向けていた。


「賀茂、怪我は?」

「足を少し打ったのと、腕をガラスで少し切ったかな。篁君が助けてくれなかったら、命があったかさえ分からないな。情けない…」

「おいおい、血が出てるぜ。保健室に行こう。」

「いいよ、でもやっぱり篁の血筋は強い。僕は感動したよ。今日はこれから部室のガラスが割れた事等を職員室に言いに行かなければならないし、何時に解放されるか分からないや。明日は休みだね。夕方にでもうちに来てくれないか。」


 賀茂は壁にあった引き出しからメモを取り出すと住所を書き込み俺に渡した。


「必ず来てほしい。多分、君はもう巻き込まれてる。」 


そう言うと賀茂はふらふらと部室を出ていった。  

 













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