第14話 明かされた秘密 其の二

 年明け早々から、文武共に厳しい貴族教育が始まった。


 春には礼法などを教える教師がやってくるという。


 アデルたち三兄弟に武術を教えるのは、若いながらもネヴィル随一の驍将であるギルバート。


 最初は憧れでもある叔父に武術を教わる事が出来ると喜んでいた三人だが、それはすぐに悲鳴に変わった。




「おー、いてて…………見ろよ、手の皮がめくれちまってるぜ…………」




 毎日木剣を素振りし続けた三人の手は真っ赤に腫れ上がっている。




「まさかのスパルタ教育だ…………この調子でずっと続けていたら、いつか本当に死にそうだ…………」




 腫れ上がった手のひらに薬草をすり潰したものを塗る。




「沁みる~っ! いつか俺たちもお爺様や父上たちのような、厚くごつい手になるのだろうか……」




 三人はふーふーと、息を手に吐き掛ける。


 朝の剣術の稽古が終わると朝食の時間となるが、それも最初は猛訓練の後すぐの食事が辛く、食が進まずに無理して食べても吐き戻してしまうほどであった。


 だがそれも若さゆえの素早い順応性を発揮し、十日もするとそれまでの倍の量を食するように変化した。


 体つきも柔らかな幼児体型から、少年特有のしなやかな体つきへと変わりはじめている。


 朝食が終わると座学である。今は礼法の教師がいないため、座学はもっぱら軍学となる。


 この教師役を務めるのは祖父のジェラルドであった。


 軍略はもとより、軍法や心得など、過去の事例を交えて教えていく。


 これによって三人は、この世界の軍事における一定の定石を学ぶことが出来た。


 軍学が終わると次は政治である。


 領内を治める領政においては、領主である父ダレン自らが指導した。




「お前たちは呑み込みが早い。予定ではもう少し先……何年かしてから教えようと思っていたが、今の様子から見て問題無いだろう。今日より先、お前たちに見せる全ての事柄については、これを絶対に他人に漏らしてはならない。なぜならばこれが外に漏れるということは即ち、当家の破滅を意味するからである」




 それを聞いたアデルたち三人の喉がゴクリと鳴った。


 三人はダレンに連れられて馬車に乗り、住み慣れた領都を後にする。


 馬車にはダレンの他に、御守役のダグラスも同乗していた。




「ねぇ父上、これからどこへ行くのですか?」




 と、アデルが訊ねるとダレンは着けばわかるとだけ言って、以降口を開こうとしなかった。


 かわりにダグラスが、




「あれを見たら若様がたは、さぞ驚きになりますでしょうなぁ」




 などと笑っている。


 ゆっくりと進む馬車に揺られること一時間あまり。


 止まった馬車から降りたアデル、カイン、トーヤの三人は、口をあんぐりと大きく開けて茫然と立ち尽くしていた。


 三人の目の前には、住み慣れた領都を凌ぐほどの大きな街の姿があった。




「ど、どういうこと?」




 三人が目を白黒とさせていると、ダレンが街を指差して説明した。




「あれが我がネヴィルの真の領都トリエスタだ」




「真の領都?」




「そうだ。いまこそお前たちに我が領のか・ら・く・り・を話そう」




 ダレンが語った内容は驚きに満ち溢れていた。


 このコールス地方を治めていた先の領主であったボーデン侯爵は、この地の統治に熱心では無かった。


 熱心では無いばかりか、この僻地にはほとんど興味を持たずの有り様であった。


 元々飛び領地だったとはいえ、代官すら置かず、年に一度徴税官を派遣するだけという杜撰な統治を行っていた。


 元々このコールス地方には、中央を追われた者たちが住み着いたのが始まりと言われており、それゆえかガドモア王国自体に対する帰属意識が、これまた極端に低かった。


 この地に住みついた領民たちはこの杜撰な統治を逆手に取り、王国側の出入り口に小さな街を築くと、その街で徴税官を出迎えた。


 税はきっちりと納めるかわりに、徴税官を街の先へは行かせないようにした。


 もっとも徴税官らも、辺鄙な片田舎の先に広がるであろう原野になど興味はないため、街で税を受け取ると、何も無い街にも長居は無用とばかりに足早に立ち去って行った。


 だが実際には、街の先に広がっているであろう原野はとっくの昔に伐り広げられ、こっそりと大きな街を築きあげられていたのだった。


 ボーデン侯爵の策謀により、中央を追われてこの地に赴任したジェラルドはすぐにこれに気付いたが、領民たちを責めなかった。


 それどころか領民たちを手懐け、グルになって王国を欺き続けたのだ。


 そして出入り口付近は昔のまま、さして開発せずにおいて王国の目を欺きつつ、領内奥深くを精力的に開発し続けて来たのだった。




「こんなことで一々驚いていては身が持たぬぞ。これから市へ行くぞ」




 三人は再び馬車に乗った。


 そしてそのまま馬車は街の門を潜る。


 馬車とすれ違う領民たちは、誰も彼も深々と会釈する。


 その姿を見てネヴィル家の統治は、領民に受け入れられているのだと知る。


 市場に着いた三人がダレンに促されて目にしたのは、薄桃色をした石のような物だった。




「これが何だかわかるか? 普段我々が口にしている物だ」




 三人は恐る恐る薄桃色の石くれに手を出した。


 そしてその表面を指でなぞり、ついた欠片を口へと運んだ。




「しょっぱい……やっぱり塩だ……」




「岩塩だな。辛い」




「純度が高いせいだ」




 三人はダグラスが手渡した水筒の水で口を注いだ。




「驚かれましたかな? 我が領では御覧の通り塩が取れまする。本来ならば内陸の地では、塩は黄金にも勝るとも劣らぬ貴重な物ですが、掃いて捨てるほどに取れますゆえ、これを売りさばき……」




「すべてにおいて合点がいったよ。俺たちの提案した養鶏や養蜂、そしてキノコの栽培なんかがすぐに実行出来たのも、この塩を売って得た金があったからだね……」




 アデルの言葉にダグラスは、左様で御座いますと頷いた。




「輸出先はガドモア王国じゃなくて、当地と同じく陸国であるノルトってわけか……まぁガドモアには海があるから塩は売れんわな。海塩に比べると岩塩は風味は劣ってしまうし……」




 そう言ってカインは再び精製前の岩塩を手に取った。




「膨大な資金源は岩塩ってわけか……あ、でも!」




 トーヤの気付きに被せるようにダレンは語った。




「安心せい。王国から塩もそれなりの量買っておるわ。その手の工作を義父上が一手に引き受けておる」




 何もしていないわけないか、と言いつつトーヤはホッと胸を撫で下ろした。


 母方の祖父であるロスコは生粋の商人である。なのでその手の工作もお手のものだろう。


 それにしても、と三人は思う。祖父といい父といい、これらの所業は王国に弓を引くに等しい行為なのではないかと。


 もし仮にこの秘密が国に知れようものなら、御家取り潰し程度ではとてもじゃないが済まないだろう。


 明らかに祖父のジェラルドも父のダレンも、腹に一物を抱えているのが見て取れるというもの。




「父上……お爺様や父上は、王国からの独立を目指しておられるのですか?」




 このアデルの問いかけにダレンは一度目を瞑り答えた。




「儂も父上も嵐に備えておるのだ。王国という船は大船であっても古く、それに彼方此方相当に傷んでおる。これから必ずや起きるであろう嵐に到底耐えられそうにはないと、儂らは考えておるのだ。沈みゆく船に残る気などは毛頭もない」




 現在のガドモア王国は暴君、暗君、暗君と続いている。かつての大国の屋台骨が軋んでいたとしても何らおかしくは無いのだ。


 三人は父の言葉の意味するところを正確に把握する。つまり当家としては、率先して反乱を起こす気は無い。


 しかし滅びゆくであろう王国に殉じる気も更々ないということだろう。




「わかりました。我ら三人、今日見聞きしたこと誰にも漏らさぬ事を、血と名誉に掛けて誓います」




「よろしい。お前たちにはまだまだ他にも知って貰わねばならないことが多々あるが、今日は取り敢えずここまでにしておこう」




 まだ他にも秘密があるのかと、三人は顔を見合わせ驚いた。


 それを見たダレンとダグラスも顔を見合わせ、そして可笑しそうに笑うのであった。

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