第13話 明かされた秘密 其の一

 キノコの栽培に興味を持ったダレンの行動は早かった。


 山から帰った次の日には重臣たちや街や村の顔役を集め、具体的な計画を立案すると、その翌日には早速人を集めて再び山へ向かいブナの実を集めさせ、それをブナの木の根元に埋めさせた。


 同時に空いている土地を耕してブナの植林予定地を作ると今度は、トーヤの発案である馬糞茸ことマッシュルームの栽培研究を始めた。


 それを不思議に思ったトーヤは、マッシュルーム栽培の研究推進する理由をダレンに聞いた。




「父上は馬糞茸がお嫌いなのでは?」




「うむ。進んで自ら好んで食おうとは思わぬが、キノコの類は乾燥させれば保存が利く。栽培技術を確立しておけば、飢饉や戦の際などに役に立つかもと思ってな……それに、我々が食わなくとも他領や他国の者が食べるかも知れぬ」




 なるほど、とトーヤは頷いた。


 ネヴィル領は気候が安定し、自然豊かで実り多いがいつ天災が起きるかわからない。


 いざという時のために少しでも備えておかねばならない。


 それにしても、とトーヤは疑問に思うところがあった。


 これはトーヤだけでなく、アデル、カインもまた同じく疑問に思っているところではあったが、この貧乏なネヴィル家のどこにそんな金があったのだろうかと。


 何度そのことを聞いてみても、その都度適当にはぐらかされてしまう。




「来年まで待つがよい。六歳になれば、本格的な貴族教育が始まる。さすればお前たちの抱いている疑問も解けるであろうよ」




 が、子供というのは性急である。


 この疑惑に満ちた資金繰りの秘密を探るべく、三人はこっそりと書斎に侵入してはその度にこっぴどく叱られるのであった。


 そうこうしている内に季節は過ぎ、晩秋となり川に鮭鱒が遡上してくると、三人は一時的にそのことを忘れた。


 この時期がネヴィル家の一年の中で一番食卓が賑やかになるからである。


 大麦の粥の中には焼き鮭の切り身が入り、塩と野菜のスープの中にはイクラが、これでもかというほどに入っている。大人も子供もこれには等しく大喜びである。


 さらに大人たちは酒のつまみにと、スモークサーモンに舌鼓をうつ。


 鮭は捨てるところの無い魚でもある。身や卵だけでなく骨や皮も食べられる上に、皮はなめして革とすれば財布や小物入れ、はたまた靴などに化けるのだ。


 ネヴィルにとって鮭はまさに天の恵み、神の贈り物なのだ。


 秋の締めである豊漁祭が終わると、直ぐに冬が来る。


 ネヴィルの冬は他に比べると比較的暖かく、冷え込んでも氷や霜が張ることがない。


 時折思い出したかのように雪が降るが、積もる事は無く、大抵の場合すぐに雨に変わってしまうのであった。


 そのため寒さにそれほど強くないオリーブも難なく冬を越すことができた。


 この温暖な気候のため、蕪を始めとする冬野菜もすくすく成長するため、冬の間もネヴィルの民は特にひもじい思いをすることはない。


 このことこそが、ネヴィルの兵を強兵たらんとする大きな理由の一つだろう。


 一年中腹一杯食べられ、十分な栄養を摂ることでネヴィルの民は強く大きな体を育んで来たのだ。






ーーー






 年を越し、六歳となった三人の身体は他領の同い年の子供に比べると、一回りも二回りも大きくなっていた。




「骨太でしっかりとしておるわい。ネヴィルの血じゃな」




 その体つきから、三人の体に自分の血が色濃く流れているのを強く感じたジェラルドは、並んで立つ三人の頭を撫でながら嬉しそうに目を細める。




「さて、六歳となったお前たちには、今日から本格的な貴族教育を施すことになる」




 そうダレンが告げると、いよいよか、待ってましたと言わんばかりに三人は身震いした。


 今いる書斎の中には三人の他には父であるダレンと祖父のジェラルド、そして母方の祖父であるロスコしかいない。




「お前たちも六歳ともなれば、これはもう立派なネヴィルの男である。よいか? これから見聞きする事は当家の秘事中の秘事である。構えて他人に漏らすでないぞ? 誓えるか?」




 はい、誓います! と三人は同時に返事をすると、ダレンは満足そうに頷いた。




「ではまずお前たちが、どこまで当家のことを知っているのかを知りたい。先ずは経済的な面からだ」




 ダレンはそう言うと、ロスコに目配せをした。


 ロスコはダレンの言葉を継ぐようにして、六歳となったばかりの三人に問うた。




「若様がたは幼いながらも、経済に強い興味をお持ちの様子。若様がたは、このネヴィル領の主要な交易品が何かご存じですかな?」




「う~ん、オリーブじゃないかな? オリーブからはオリーブ油、油を加工した石鹸、実、木は薪や加工して食器になるし……」




「大麦は? 主食だから沢山作ってるはずだし、余剰分を売っているのでは? 大麦は粥だけじゃなく、麦茶や家畜の餌としても需要あるし。後は豆だな」




「焼き物じゃないの? 山の斜面を利用した窖窯あながまで陶器を焼いているって聞いたことがある」




「どれも正解です。他には?」




 三人は腕を組んで考えだす。




「ああ、わかった! 羊! 羊毛だ」




「山羊の乳から作る乳製品かな?」




「自然の恵みである胡桃や鮭鱒? あと猪茸?」




 ロスコは満足そうにうんうんと頷きつつ、




「正解です。よく御存じでいらっしゃられますね」




 と、褒めた。




「他にも石灰岩や石膏などを石材として売っております」




 これは三人にとって初耳であった。




「ん? でもこんなにも輸出物があるのに、何でウチは貧乏なんだ?」




 この疑問に答えたのはロスコではなくジェラルドであった。




「はっはっは、それはのぅ、どれもこれも他でも取れるからじゃて。例えばオリーブなどは、南部であればどこでも栽培しておるしのぅ。それに中つ原では、主食は大麦ではなく小麦。大麦など家畜の餌としてしか使われておらぬゆえ、えらく安く買い叩かれるんじゃよ。豆も同じじゃな」




 ジェラルドは言う中つ原とは、ガドモア王国中央部を占める、広大な平地のことである。


 中つ原という呼び方の他にも、縮めて中原とも王国の中央部なので単に中央とも呼ばれる。




「じゃあ、じゃあ、羊毛は? 石灰岩や石膏は?」




「同じじゃ。羊など、どの貴族家でもある程度は力を入れておる。羊毛は勿論のこと、革も肉も生活には欠かせぬでのぅ。石灰岩は他でも取れるし、石膏はそもそもあまり需要が無いのじゃ」




 三人はそれを聞いて混乱した。一体全体どういうことなのか? どうやってネヴィル領の経済を回しているのだろうか?




「おかしい…………今までの話から、ウチには碌な輸出品が無い。それにもかかわらず、妙に金周りが良いように感じる…………」




「養鶏場もそうだけど、キノコの栽培事業といい、領内全域で大々的にやるには膨大な資金が必要なはず……」




 それを聞いた大人たちは、ほぅ、と互いに顔を見合わせた。




「やはりお前たちは他人よりも、かなり成長が早いようだな。よくぞそこに気付いた。そう、我が領にはこれといった物は何もないのだ…………表・向・き・にはな…………」




 は? と眉を寄せ怪訝な顔をする三人が見たのは、人の悪い笑みを口許に蓄えた、いかにも悪の親玉ともいうべき大人たち。




「表・向・き・には?」




「そうだ。簡単に言ってしまえば、当家は所得を隠し、さらには敵国と密貿易をしているのだ」




「「「はぁ?」」」




 三人は驚きのあまり間抜け顔で、これまた間の抜けた声を上げた。




「て、敵国と密貿易って、もし、バレたら拙いんじゃ?」




「て、敵国ってウチの位置から考えると、北のノルト? 敵国中の敵国じゃん、拙いだろ……」




「所得隠しだってやばいよ! バレたらお家取り潰しは間違いないほどの大罪じゃないか!」




 顔を白黒させて驚き、慌てふためく三人を見て、大人たちは笑い出した。




「はっはっは、安心せい。両方ともバレはせぬわ。なぜなら所得隠しなど、大なり小なりどの家でもやっておるし、ある程度は王国も目を瞑ってくれるものだ。それに密貿易といっても、ノルトと直接取引をしているわけではないのだからな。もし万が一にも露見した場合のことを考えて、間に一枚噛ませてある。」




 そう言ってダレンはまたも呵々と笑った。




「間に一枚噛ます? そうか!」




「エフト族! ネヴィル領とノルト王国の間に住むエフト族か!」




 そうじゃ、とジェラルドが頷いた。




「お前らも良く知る、ガジム殿やダムザ殿にノルトまで行って貰っておる。北のノルトではオリーブは育たぬため、油や石鹸が高値で売れるでのぅ。まぁ、他にもあるが、それは追々教えるでの。楽しみにしておれ」




「所得隠しに密貿易かぁ…………」




 驚きつかれた三人が大きな溜息をつくと、




「はっはっは、世の中きれいごとだけではすまんのじゃ。領民たちのために、手を汚すのも貴族の仕事というものじゃて」




 と、ジェラルドが大笑した。

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