第12話 古文書
獣道かと思うような細い道を、一行は一列になって登って行く。
道に降り積もっている乾いた落ち葉を踏みしめる度に、シャリシャリとした小気味の良い音が鳴り響く。
「列から決して離れるでないぞ!」
三兄弟は列の中央に配されていた。
その前後を父であるダレンと叔父のギルバートに挟まれている。
不意に行列の足が止まった。
先頭を行く猟師たちが何かを見つけたのだ。
猟師たちに呼ばれたダレンは、三兄弟をギルバートに任せて前に進もうとした。
「父上、僕たちも見たいです! 駄目でしょうか?」
ダレンは先頭の猟師たちに危険はないか確認してから、着いて来る事を許した。
列を掻き分け先頭に出ると、猟師たちが道を反れブナの木の根元に集まっていた。
猟師の一人がダレンに黒い土くれのような物を差し出した。
「ご覧ください、猪茸です。周りに猪たちが掘り返した跡ああります」
「よし、ではここいら一帯を探して見ようか」
そう言いながらダレンは手渡された土くれ…………もとい、猪茸の匂いを嗅いだ。
ツンとするような強い香りに眉を顰めつつも、しばらくの間匂いを嗅ぎ続けた。
「なかなかの出来栄えだな。父上もお喜びになるだろう」
ダレンの父ジェラルドは、この猪茸が大の好物であった。
ガドモア王国及びその周辺国の間では、この猪茸は単に秋の味覚としてではなく、精力剤や媚薬として用いられる事もあった。
「父上、僕たちにも見せて、見せて!」
手に持った猪茸を見ようと、三兄弟がダレンの足元でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ダレンは長男であるアデルに猪茸を手渡した。
猪茸を手渡されたアデルは即座にその匂いを嗅いだ。
そして直ぐに次男のカインへと手渡す。
カインもまた躊躇せずに匂いを嗅ぐ。嗅ぎ終わると直ぐに三男のトーヤへと手渡した。
猪茸の匂いを嗅ぎながらトーヤは、これは黒トリュフに間違いないと言った。
そのトーヤの言葉にアデルとカインは頷いた。
「トリュフって確か人工栽培出来たよね?」
「種類によっては無理じゃなかったかな?」
「記憶によると確か、えーと…………そう、林地栽培とかいうやり方があったはず…………」
三兄弟はまさかこんなに簡単に黒トリュフが採れるなんてと、はしゃいだ。
この時ダレンは猟師たちと護衛の兵たちに指示を出していながらも、三兄弟から目を離してはいなかった。
「お前たちが言っているトリュフ? というのは、その猪茸のことか?」
手に持ったトリュフに夢中になっていた三兄弟は、頭上から不意に声を掛けられ、飛び上がるほどに驚いた。
まさか話を聞かれているとはと動揺しつつも、はい、そうですと答えた。
「今、猪茸を栽培するとか何とか話していたようだが…………」
拙い、と三兄弟は身構えた。
「えーと、その…………なんというか…………」
言いよどむアデルの目を、ダレンは真っ直ぐに覗き込んだ。
アデルの額からぶわっと冷たい汗が、瞬く間に噴き出て来た。
それを見たトーヤは、慌てて助け舟を出す。
「ああ、父上! ぼ、僕たちは書に記されていたのを思い出しただけでして…………」
ウチにそのような書物があっただろうかと、ダレンは顎に手を添えながら首を傾げる。
そして何かを思い出したかのように、目を見開いた。
「もしかすると、お前たちがいつも手にしているあの古文書に記されていたのか?」
三兄弟は即座にアイコンタクトをとり、
「そ、そうです! そう、それそれ!」
「あ、あれは教わったゴルド文字や、その前に栄えていたエフタルのエフト文字よりもさらに古い文字で書かれてまして…………」
「ぼ、僕たちは、ぐ、偶然にもその古代文字の解読に成功したのです」
「なんと! あの蛇がのた打ち回ったかのような文字をか? 信じられぬ……」
ダレンの言う蛇ののた打ち回ったような文字というのは、日本語の平仮名である。
三兄弟は前世の記憶が風化したり、埋もれてしまわないようにと隙を見て父の書斎から度々羊皮紙などをくすねては、日本語で書きとめていたのであった。
それも他の者が見ても怪しまれぬように、わざわざ羊皮紙を水に漬けたり天日に晒したりして劣化させ、恰も昔からこの家にあったかのように見せかける小細工を施していた。
「ど、どどど、どうする?」
「今更、本当のことなんて言えるかよ……」
「取り敢えずこの場はこのまま繕って、後で念のためにキノコに関して書き足しておこう」
「トーヤ、お前が一番絵が上手いから適当にトリュフの挿絵でも描いておけよ」
三兄弟はスクラムを組み小声でひそひそ話を続ける。
「あの古文書にか……父上が見ても何が書いてあるかさっぱりわからぬと言っていたあれを、この子たちが…………」
まったくこの子たちには何度驚かされるのやらと、ダレンは溜息をつく。
「それでお前たちにもう一度問うが、本当に猪茸を栽培出来るのか?」
そう問われた三兄弟は、アイコンタクトを取った後スクラムを解いた。
「多分…………林地栽培というやり方で、収穫量を増やせると思います」
それはどういったやり方かと問うと、アデルは猟師たちが掘り返しているブナの木の根元を指差し、
「ブナの根元にこのトリュフ……もとい、猪茸は埋まっているのですよね? だとすれば、その猪茸が埋まっていたブナの木の根元にブナの実を埋め、発芽させ若木となった頃合いに根を傷めないように周囲の土ごと移転し育てると、やがてはその若木の根元にも猪茸が出来ると書かれていました。ブナの木は建材として、また薪として必要不可欠な資源です。植林事業と合わせて林地栽培を行えば一石二鳥かと思われます」
これを聞いたダレンは唖然とした。
僅か五歳の子供が事業を提示してきたこともそうだが、資源の価値を明確に把握しているということにも驚かされた。
「…………やってみるか…………」
ようやくのことでダレンが絞り出したその言葉に、さらにトーヤが乗っかった。
「ち、父上! お、お願いがあります!」
「何だ? 言って見よ」
「は、はい、い、猪茸だけではなく、ば、馬糞茸も栽培してみたいのです! どうか、御許可を頂けないでしょうか?」
「馬糞茸だと?」
ダレンは露骨に嫌そうな顔をした。
「確かに飢饉の際には食されることもあると聞くが……わざわざ栽培する必要性があるのか?」
「上手くやれば一年中キノコが食べられます。干して乾燥させれば日持ちもしますし、古代の人々は栽培して好んで食べていたそうです」
うーむ、とダレンは話を聞きながら唸った。
「あいつ、なかなかやるなぁ……」
「最後にしれっと嘘を混ぜやがった……」
アデルとカインは半ば呆れつつつも、トーヤの度胸に感心していた。
「……よかろう。人と金を与えるゆえ、やってみるがよい」
それを聞いてトーヤは、文字通り飛び上がって喜んだ。
「お前そんなにキノコが好きだったのか?」
と、アデルが言うと、トーヤは急に真顔になって言った。
「いや、こう言っちゃなんだが、もう出汁が鶏がらだけなのにはもう飽き飽きなんだよ。もっと色々と出汁のレパートリーを増やさないとね」
なるほど、とアデルとカインは納得した。
「さっきも言ったように乾燥させれば日持ちもするし、軍の携行食として大々的に取り入れるのも面白いかもな」
「それにこれも上手く行けば、新たな事業として領内も活気づくだろうしやってみる価値は大ありだな」
猟師たちの作業の様子を間近で見たいと言い、ダレンの許可を取った三兄弟は、ブナの木に近付きながら小声で話し合った。
「しかし驚いたな、まさか父上が俺たちの書いたメモの事を知っていたとは……」
「バレた時の事を想定して小細工を施しておいたのが役に立った」
「古代文字で書かれた古文書だと思っているみたいだね。本当はただの日本語なんだけど……」
父や祖父を欺いていることに罪悪感を感じながらも、今回の辻褄を合わせるためにどう行動するべきなのかを、三兄弟は穴を掘る猟師たちの姿を見つつ話しあうのであった。
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