第11話 実りの秋

季節は過ぎ、秋になった。


 記憶の中にある日本のように美しい紅葉などはないが、落葉樹たちの葉は枯れ始め、豊かな実りを蓄えている。


 ネヴィル領を取り囲む山々にはブナ、ナラ、マツ、モミ、トネリコなどが生い茂っている。


 これらは栽培しているオリーブと共に、建材として重宝されている。


 また他にも胡桃や栗なども自生しており、この地の人々に秋の実りを分け与えていた。


 そしてもう一つ欠かせない山の恵みといえばそう、キノコである。




「行きたい! 行きたい! 行きたい!」




 無作法にも父であるダレンの裾を掴んで駄々をこねるのは、嫡男のアデル。


 次男のトーヤはというと、これもまた孫に甘い祖父のジェラルドに頼み込んでいる。


 三男のトーヤは叔父であるギルバートの足にしがみつくようにして、二人の兄たちと同じく同行をせがんでいた。




「遊びに行くのではないのだぞ? わかっておるのか?」




「そうそう、山々の調査は領主としての大切な仕事なんだ。それに怖い狼が出るかも知れないんだぞ?」




 ダレンとギルバートは宥めたり脅したりして諦めさせようとするが、




「狼なんか怖くないよ。だって大勢で行くんでしょ?」




 と、大人たちを困らせる。




「やれやれ、少し早いが教育の一環として連れていってやるがよい」




 見かねたジェラルドが助け舟を出すと、三人は飛び上がって喜んだ。


 行く準備をするために走り去子供たちの足音を聞きながら、ダレンは苦言を漏らした。




「父上はあの三人を甘やかし過ぎる。ギルの言葉は脅しではないのですよ。三人に万が一のことがあったならば何とします?」




「護衛の人数を増やせばよかろう。それに元々来年には連れていく予定ではあったのだ。少しばかり早まっても問題はあるまい。この地の豊かな実りを肌で感じるというのも、まぁ悪くは無かろうて」




 領主としての実権はダレンに移っているとはいえ、未だ隠居のジェラルドの発言力は強いままである。


 ダレンは折れた。ギルバートは苦笑しながら、護衛の人数を増やす為に部屋を後にした。


 ドタバタと足音を立てながら自分たちの部屋へと駆けこんだ三人は、早速山へ入るために着替え始める。




「秋のビッグイベント到来だぜ!」




「秋といえば実りの秋、そして食欲の秋!」




「この世界じゃ体育祭も文化祭もないし、秋の防災訓練もないしな。ちょっと退屈なんだよな…………」




「でも収穫祭はあるじゃん。もう少ししたらオリーブの収穫期だし、川には鮭鱒が遡上してくるし」




「待てないんだよ、それまで! 自由に行動出来るのが家の中と庭と、まわり近所だけとかもう飽き飽きなんだ」




 五歳児なのだから当たり前なのだが、前世の記憶のせいで精神年齢が、若干上がってしまっている三人にとって、その行動範囲の狭さに辟易としていた。




「それにしても秋かぁ……毎年この時期になると、御飯が豪勢になるよね!」




「麦粥やシチューの中に一杯キノコが入ったり、焼き栗や胡桃のローストがおやつで出るからな」




「もう少ししたらスモークサーモンも味わえる。やっぱり秋は最高だぜ!」




 この地方の主食は大麦。大麦の粥にやシチューなどに、様々なキノコや鮭鱒の切り身が加えられるのを想像するだけで、大人も子供も涎が止まらない。


 山はもう寒いだろうからと、ちょっと厚めの上着を着込んだ三人は早速厩舎へと向かった。


 そしてその途中でトーヤがある物を見つけた。




「ねぇ、あれってキノコだよね?」




 厩舎へと向かう途中の草むらの中、崩れかけた黒々とした馬糞の頂きから茶色い小さなキノコが天に向かって生えていた。


 厩舎へは危険だから近付くなと言われており、それをちゃんと守っていた三人はそのキノコを初めて見た。


 トーヤは、汚いからやめろという二人の兄の声に耳を貸さず、むんずとそのキノコを摘み取って見た。




「うわ、ばっちい奴だな」




「おいトーヤ、さっさとそんなもん捨てちまえよ」




 だがトーヤは捨てるどころか、増々注意深く観察し始め、さらには匂いまで嗅ぎ始めた。




「ねぇ、これ見てよ。これってもしかすると、マッシュルームじゃない?」




 はぁ? とアデルとカインは怪訝な顔をしながらも、トーヤが突き出したキノコをしげしげと見詰めた。


 本当にマッシュルームなのか三人が議論していると、後ろからギルバートが声を掛けて来た。




「お前たち準備は出来たのか? 山は寒いぞ。ん? なんだトーヤ、馬糞茸なんか持って…………」




「馬糞茸? 馬糞に生えるから馬糞茸? これマッシュルームじゃないの? これ、食べられるキノコでしょ?」




「いや、まぁ、食べられるといえば食べられるが…………飢饉の際には食べるらしいがなぁ…………」




「食べれるのか! やっぱりこれ、マッシュルームじゃない?」




「いや、食べれるとは言っても好んでは喰わんぞ? 馬糞に生えるキノコだしな」




 なんともっいないと、トーヤは嘆いた。




「いや、まてまてトーヤ……山に行けばもっと美味しいキノコが一杯生えているんだぞ」




 え? 例えばどんな? と三人が聞くと、




「そうだなぁ、春から夏に掛けては子豚茸が、秋になると平茸やアンズ茸が、後は不味いがマツの木に生えるキノコも喰えるぞ」




 それってもしかして高級食材であるマツタケじゃないのか、と三人は顔を見合わせた。




「だけど何と言ってもやっぱり、キノコの王様といえば猪茸だろうな」




 それは一体どんなキノコなの? と聞くと、




「黒くて丸っこくて、地面に埋まっていて、よく猪が穿り出して食べるから猪茸って名前がついた」




「黒くて丸い?」




「地面に埋まっている?」




「それってもしかして…………」




「「「トリュフじゃん!」」」




 マツタケにトリュフという高級食材が取れると知った三人の興奮は、最高潮に達した。


 顔を赤くしながら凄い、凄いと連呼する。


 そんな三人を見たギルバートは、早熟らしいとはいっても年相応の可愛げがあると知って微笑んだ。




「じゃあ準備も出来ているみたいだし、早速そいつらを摘みに行くとしようか」




「「「おーーー!」」」




 三人はギルバートに促されて厩舎へと駈け出した。


 厩舎に着くとすでに馬車が用意されていた。


 馬車といっても幌の無い荷馬車である。




「お前たちは荷台に乗れ。今は空だが、帰りは収穫物で一杯だから狭いが我慢できるか?」




 勿論、と三人は同時に頷いた。


 街を出てゆっくりと走ること三十分あまり。


 一番近い山、レオーネ山の麓に着いた。




「ここからは徒歩だぞ。遅れたら容赦なく置いて行くからな!」




 ダレンは厳しい顔でそう告げるが、周囲の大人たちは笑いを噛み殺している。


 三人はいくら遅れようが、決して置いて行かれることなどないと知ってはいるが、ここでふざけると麓には置き去りにされかねないと、神妙な顔つきで元気よく、はい! と返事をした。


 その返事に満足したのか、ダレンは一つ大きく頷くと、御守役を務める重臣の一人であるダグラスに頼むぞ、と声を掛けた。




「お館様、ご心配には及びません。このダグラス、身命を投げ打ってでも若様がたを御守り致します故……」




 先頭を山に詳しい地元の猟師たちが務める。


 猟師たちの手には、槍や弓の他に鉈なたや土を掘る鍬があった。


 そしてその背には、大きな籠が背負われている。


 ダレンの手にも槍が、周囲を固める護衛たちの手にも槍や弓が握られている。




「狼や猪が出ますからな。ですがご安心下され。万が一狼や猪に襲われても、この爺が必ずや若様がたをお守りいたしますからな」




 そう言ってダグラスは拳で胸を叩いて見せた。




「頼りにしてるよ、爺」




「ですが、念のためにこれをお持ちくだされ」




 そう言ってダグラスは三人にそれぞれ一振りずつ、刃渡り二十センチほどの短剣を手渡した。


 貴族が持つにしては飾り気の無い無骨な作りのそれは、革の鞘に納められており、革紐でベルトに縛り付けることが出来た。


 大人に取って見れば何と言う事のないナイフである。しかし五歳児である三人の手には、ずしりと重く感じられるとともに、これ以上無い安心感を与えた。




「くれぐれも遊び半分で抜いたりせぬように。あくまでも万が一の護身用としてお持ち下され」




 初めて持つ刃物の感触に、驚きと興奮を隠しきれぬまま三人は、ダグラスを始めとする護衛たちに囲まれつつ生まれて初めて山へと踏み入ったのであった。

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