第8話 蜜蜂

ロスコの後押しもあり、アデルたちが提案した養蜂計画がスタートした。




「よいか、何事もダグラスに相談し言うことを聞くこと。それとやり掛けで放り出すのではなく、どんな形であれやり遂げること。この二つを約束せい」




 アデルたちは勿論、と元気よく頷いた。




「父上のお許しが出たからには、さっそく実行開始だ!」




「「おう!」」




 三人は父の書斎を飛び出すと、隣室にて政務を行っていたダグラスを見つけ出して事情を話し、同行をせがんだ。




「お館様より聞き及んでおります。で、先ずはどうなされるので?」




「最初は庭師のアマデオにお願いして、蜜蜂について詳しい話を聞く。次に木工職人たちに巣箱を作って貰う」




 これを聞いたダグラスは嬉しそうに目を細めた。


 アデルは一介の庭師であるアマデオにお願いすると言った。また、木工職人たちにも巣箱を作らせる、ではなく作って貰うとも。


 男爵家の嫡男であるアデルには驕りの欠片も見当たらず、幼少の身でありながらも優しさや配慮が表に現れている。


 筆頭家老でありながら、アデル、カイン、トーヤの三人の傅でもあるダグラスは、この得難い資質を持つ三人を誇りに思うと共に、実の孫のように溺愛していた。




「では、先ずは庭にでも行きますか。よっこらせ」




 ダグラスは五十を過ぎており、この時代では既に老人である。


 ゆっくりとした動作で立ち上がったダグラスの右手をアデルが、左手をカインが早く、早くと引っ張り、尻をトーヤが押した。


 庭へと出た四人は、さっそく庭師のアマデオを呼び出した。


 過去の戦で戦傷を受け、跛びっこをひきながらやって来たアマデオは、四人の前に跪こうとするが、




「ああ、いいよそのままで」




 と、アデルは制止した。




「アマデオは昔、腕利きの猟師だったって父上から聞いてる。それに、勇猛な戦士で特に弓の扱いが上手く、射れば百発百中で狙った的を外さなかったとも」




「いやいや、どれもこれも昔……それも大昔のことですじゃ……」




「来年から僕たちも貴族教育を受けることになる。それに武芸の稽古も始める。もし弓術についてわからないことがあったら聞きに来るので教えて欲しい」




 そう言ってアデル、カイン、トーヤの三人は一使用人であるアマデオに深々と頭を下げた。


 さすがにこれはやり過ぎだと思い、ダグラスが注意するも、




「今日はアマデオに山について、それも蜜蜂について教えて貰いに来た。些細な事でも教えを受ければ、その人は師にあたる。ならば、身分云々を越えて敬意を払うのは当然である」




 これを聞いたダグラスとアマデオは驚かずにはいられなかった。


 そして二人は共にこう確信する。これは幼いながらもの王の器であると。




「我が領で新たに養蜂を行おうと思っているんだけど、そのためには蜜蜂について詳しく知らなければならない。アマデオなら山でも庭でも蜜蜂を見ているだろうから、詳しいかなと思って……」




「よ、養蜂で御座いますか? 確かに仰られるとおり蜜蜂についてはよく知ってはおりますが……蜜蜂を飼うので?」




「うん。無理かなぁ?」




「どうでしょうか? 海を渡ったアルタイユでは養蜂が盛んであると聞いたことがありますが……」




 アマデオは顎に手を添えてしばしの間考え込んだ。




「蜜蜂たちは木の洞などに巣を作ります。山で蜜蜂の巣を見つけた時には、巣の下から煙で炙り、蜂を大人しくさせてから蜜を頂戴します」




「煙を浴びると大人しくなるのか」




「そうですが、巣を派手に壊さない限り蜜蜂たちは滅多に刺しては来ません。それでも万が一に備え、煙を焚くのです」




「へぇー、そんなに大人しいんだ。じゃあ、簡単に蜜を取れるね」




 ここまでの話を聞く限り、上手く行きそうだと三人は喜んだ。




「いえいえ、それがそうとはかぎりませぬ。彼らを刺激せず、巣を壊さずに取れる蜜の量はたかが知れておりまして……」




 三人が一つの巣からどれぐらいの蜜の量が取れるのかと聞くと、




「一つの巣からだと、そうこの位の小瓶程度でしょうか」




 アマデオは指で瓶の大きさを示した。


 それを見たカインが、落胆の声を上げた。




「少ねぇな……なるほど、この地で誰も養蜂をやらねぇわけだ」




「やっぱりアルタイユと蜂の種類が違うのか……養蜂に適してないのかな? この計画は駄目かもしれないな」




 先程までの元気は何処に行ったのか、アデルの声には軽い失望が含まれていた。


 そんな中、トーヤだけが遠くに見える山を見て考え込んでいる。




「ねぇ、この庭にも飛んで来る蜂って、山まで蜜を持って帰るんだよね?」




 ええ、おそらくは、とアマデオは頷いた。




「この庭から山までかなり距離があるよね?」




「何が言いたいんだ? トーヤ」




「えっとね、つまり…………」




 トーヤはあくまで自分の思い付きであり、確証はないとしながら話し始めた。




「山からこの庭まで距離があるのに、わざわざ飛んで来るってことはさ、山にあんまり蜜の取れる花が咲いてないんじゃない?」




「なるほど! 流石はトーヤだ! それならば蜜の量が少ないのも納得できる」




「そうか! 山にあんまり花が咲いてない上に、遠いところまで蜜を取りに来るから採取効率が悪いんだな。これを改善してやれば、もしかすると……」




「ウチの主力生産物の一つにオリーブがある。オリーブ畑の傍に養蜂場を作れば、受粉も捗るし蜜も多く取れるんじゃないか?」




 俄かに湧き出た希望により、三人の顔が和らいだ。




「そういえば大昔、山のあちこちには大きな花畑があったという話を聞いたことがあります。しかしながら、生活のためにその花畑を潰して楢ナラや樫かしの木を植えたのだとか」




 そうアマデオが言うと、三人はより納得のいく表情を浮かべた。




「なるほど。花畑を植林地に変えてしまったせいで、蜜蜂はわざわざ山を降って来なければならなくなったんだな……」




「だとすると……もしかしてだが、巣の近くに花が豊富にあれば普通に多くの蜜を蓄えるのでは?」




「何にせよやってみる価値はあるな。父上にも途中で放り出すなと言われているし」




 父であるダレンが途中で放り出すなと厳命したのは、たとえ失敗したとしても最後までやり遂げるという経験を積ませるためだと、三人は理解していた。




「だが、どうせならば成功させて父上を驚かせてやりたいじゃなか」




「うん!」




「絶対に成功させるぞ!」




 三人はさらに詳しくアマデオから蜂の生態について聞いた。


 それによると、年を越すのは女王蜂のみで、働き蜂は冬になると皆死んでしまうらしい。


 そして女王蜂は、そのまま木の洞な中や倒木の影や、捲れた樹皮の裏に潜み、仮死状態となって春の訪れを待つのだそうだ。


 そして春になると活動を再開し、初夏の頃には新たなる女王蜂が生れ、分蜂するのだそうだ。




「じゃあ、女王蜂を捕まえるのは冬がいいね」




「それまでに巣箱をしこたま用意しておかないと」




「冬になったら山狩りだな。いや、それまでに何度か山に入って蜂の様子を見てみたいな」




 善は急げと言わんばかりに三人はアマデオに礼を言うと、来た時と同じようにダグラスを引っ張って今度は木工職人たちの元へと向かった。




「作れと言われりゃ、そりゃ作りますがねぇ…………」




 木工職人たちは、飛び入りのこの仕事に難色を示した。


 三人はこの日の為に既に羊皮紙に、重箱式巣箱の設計図を書いて用意していた。


 絵や図形を書くのはトーヤが得意とするところであり、その精細な図面を見た職人たちは、最初から最後まで、五歳のトーヤが書いたものだとは信じなかった。




「蜂を飼うだって? こんな箱で、そんなこと出来るのかね?」




 気難しく荒々しい職人たちは、領主の子供に対しても畏まる素振りすら見せない。


 そんな職人たちに対してダグラスは目を怒らせてはいるが、当のアデルたちは一切気にしなかった。




「異国じゃ養蜂は盛んに行われているらしい。ウチもそれに倣って養蜂を始めるんだ」




「異国じゃどうか知りませんが、本当にウチでも出来るんですかい?」




 そう言いながら、職人たちは顔を見合わせながら鼻で笑った。




「やるったらやるの! 蜂蜜は食料や酒だけじゃなく色んな薬にもなるんだから!」




「産業を増やせばそれだけ豊かになるんだ!」




「少しずつでもこのネヴィル領を発展させて行きたいんだ!」




 顔を真っ赤にしながら真剣な眼差しの三人を見た職人たち。




「わかった、わかった。で、いつまでに幾つ作ればいいんだ?」




 三人の熱意に絆ほだされたのか、職人たちはやれやれといった感じで仕事を受けた。




「来年の春までに取り敢えずこの図面の箱を二百個!」




「二百個! やれやれ、鶏舎の増築で忙しいってのに…………まぁ、請け負ったからにゃしょうがねぇ。任せておきな、来年の春までにきっちり二百個用意してみせらぁ!」

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