第4話 第二の計画

養鶏場の建設はすぐに始まった。


 とはいえ、先ずは近場の村で計画通りの成果が出るのかテストを行うこととなった。


 領民たちから譲って貰い集めた鶏は、合計で四百羽あまり。


 半月あまりで完成した養鶏場でこの四百羽は飼育されることになった。


 いつも庭や近所をウロウロと放し飼いの鶏たちを、一か所に集めたことで採卵の効率は目に見えて上がった。


 このテスト結果を見て、三兄弟の父、領主ダレンは急遽お抱え商人である、ロスキア商会の会長であるロスコに相談があると手紙を出した。


 ロスコはダレンの妻であるアマーリエの父親。ダレンにとって義父にあたり、三兄弟にとって母方の祖父である。


 このロスコ、ただの商人では無かった。


 その見識と才幹は商人の器に収まるものではなかったのである。


 現在のネヴィル家にとってロスコは親族でありながら、政治及び経済に関する重要なアドバイザーでもあった。


 そのロスコを呼んだということは、この計画をいよいよ大々的に行う決意を固めたのだろう。




「どうやら上手くいったようだね」




「これで近いうちに、鶏肉や卵料理が毎日食べられるようになるな」




「茹で卵、卵焼き、目玉焼き、スクランブルエッグ。それにローストチキンに焼き鳥……考えただけで涎が出て来る」




「鶏は本当に捨てるところがない。肉は勿論、羽根は枕や布団に、骨は鶏ガラ。レバーや皮は焼き鳥にして、食べない頭や内臓なんかは骨と一緒に砕いて肉骨粉に」




「卵の殻だって、砕いて粉にして飼料に混ぜれば、立派なカルシウム剤になる」




 アデルとカインが笑顔を浮かべる中、トーヤだけが気難しい顔をしていた。




「どうした、トーヤ? 何か心配ごとか?」




「…………いやさ、鶏って一羽幾らするんだろうか?」




 そう問われたアデルとカインは、さぁ? と同時に首を傾げた。




「計画通りに大規模に養鶏をするとなると、外から鶏自体を買って来ないとダメじゃない?」




「産めよ、増やせよで、しばらくの間、卵を取り上げなければ…………」




 とカインが言うと、




「いやいや、それは駄目だ。今まで普通に食べていた卵を、急に食べちゃ駄目だなんて言ったら、領民たちも不満に思うだろう。それに、いくらネヴィル領が田舎で小さいとはいえ、全ての領民たちの元に卵が毎日行き渡るまでには、四百羽からのスタートでは相当な時間がかかるぞ」




 自分たちの考えた計画の中に、こんな初歩的な見落としがあったことに落胆するアデル。




「まてまて、そもそもだ。ウチってこの計画を実行するだけの資金があるのか?」




 卵料理すら満足に食べることの出来ない、貴族とは名ばかりの質素な生活を思い出して、三兄弟は愕然とした。




「金なんかないよなぁ…………」




 今自分たちが着ている服を見ても、領民たちが着ている服と然して変わらない。


 記憶の中にある貴族像とは、あまりにもかけ離れた生活ぶりであった。




「あー、先に金を稼ぐ方法を考えるべきだったか……」




「でもどうやって?」




「ウチの主力輸出商品って何だ?」




「いや、その前にウチの人口ってどのくらいなんだ?」




「…………俺たち、ウチのことについて何にも知らないし、わからない。これじゃ、いくら計画を立てても無駄だよ」




 これはどうしようもないことであった。


 三人はまだ五歳。自宅とその周辺が世界の全て、という年齢なのだから。


 三人はいま現在自分たちが知る限りの領内のことについて、改めて確認し合う。




「えと、先ずは人口だな。街が一つと、村が…………いくつあるんだろう?」




 と、アデル。


 だが、カインもトーヤもその問いに答えられようはずもない。


 それすらもわからないのかと、三人は肩を落とした。




「農業を営んでいて、大麦と豆…………主にひよこ豆を生産している。あとオリーブ」




 気を取り直したように、トーヤが特産品を探し始める。




「畜産は馬、羊、山羊。馬は農耕と軍用あと肉。羊は羊毛と肉。山羊は乳製品と肉」




 カインはやたらと肉を強調した。


 だが、カインの猛烈な肉アピールをアデルは無視した。




「普通だ。普通過ぎる。羊毛と乳製品とオリーブくらいしか無いぞ……オリーブは確かにオリーブ油に石鹸、実も塩漬けにして食べられるし、木材として食器などに用いられているが……」




「なぁ、ウチ、馬の名産地だったりしないかな? 名馬は高く売れるだろう?」




「領民に貸し出す農耕馬の順番の調整に追われているくらいだぞ? 売る程馬が余っていると思うか?」




 駄目だ、何もわからない。三人は頭の中に思い描いていた鶏肉と卵料理の数々が、急スピードで遠ざかって行くのを感じていた。


 ガックリと項垂れる三人の背を、春の陽気がまるで励ますように温めていた。


 そんな三人の鼻先を、一匹の虫が羽音を立てながら横切った。


 思わずのけぞりながらも釣られて、三人の視線はその虫の姿を追っていた。


 虫は道端で咲く花に止まると、花弁に頭から突っ込んだ。


 それを見た三人の頭に、雷鳴が轟く。




「「「これだ!」」」




 三人は未だ花の奥に頭を突っ込んでいる虫、そう蜜蜂らしき虫を取り囲むようにして、注意深く観察した。


 この蜜蜂らしき虫は、記憶の中にある蜜蜂とは色や模様が大きく違った。




「これ、蜜蜂だよな?」




「うん、多分。でも、何か色が……でかいし……」




「黒いな。あ、でも首周りに白い毛が生えてて、可愛いかも」




 蜜蜂は覗き込むようにして見る三人を無視して、花から花へと飛び回る。




「養蜂だ。ウチは養蜂をやっていないだろう? 蜂蜜は甘味だけでなく、酒、そして薬にもなる!」




「確か薬効は、飲めば整腸作用に咳止めや鎮静効果や鎮痛効果、塗れば怪我や火傷に効くという正に万能薬!」




「たとえ金にならなくても、やってみる価値はある!」




 養蜂ならば養鶏と違い、鶏舎のように建築物を立てる必要がないため、元手は殆ど掛からないだろう。


 用意するのは巣箱と蜂蜜を搾り取るための遠心分離機だけでいいはずである。


 これはいける、と三人は笑顔を浮かべた。


 先ずは情報収集。蜂に詳しい人間を探し、この蜜蜂の生態について詳しく聞く必要がある。


 幸いにして三人にはその心当たりがあった。


 その人物は、現在ネヴィル男爵家で庭師として働いているアマデオという老人であった。


 このアマデオは元猟師で、若いころから野山を掛け巡り、色々な生き物について詳しく、領主であるダレンも狼や狐の駆除などにこの老人の知恵をしばしば借りている。




「蜂蜜なら、水を入れて放っておくだけで酒になる」




「父上もお爺様も、よくお酒を嗜まれるから、きっと喜ぶに違いないぞ!」




「これもある意味で、親孝行になるのかな?」




「わからない。でも、小さなことからでもコツコツと、自分たちに出来る事なら何でもやって、試してみるしかないさ」




 三人は自宅に向かって走り出した。


 その小さな胸に、大きな希望を抱きながら。


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