第3話 神の子
当主の座を息子に譲ったジェラルドは、隠居の身である。
だが、楽隠居というわけにはいかない。
現当主のダレンは若く、まだまだ補佐が必要であった。
このネヴィル男爵家はというと、武門の家柄でありその性質は、極端過ぎる程に武に偏っているふしがある。
ネヴィル家に仕える家臣団は皆勇猛で、戦場では無類の強さを誇るものの、書類仕事などは大の苦手としていた。
家臣団の育成もしていないわけではないが、中々に優秀な内政官を育てるというのは難しく、今しばらくはジェラルドもこの手の仕事を続ける他なかった。
机の上に積まれた羊皮紙の束を横目で見て溜息をつきながらも、手を止める事無く羽ペンを動かし続けた。
そこへダレンが血相を変えて現れた。
「騒々しい。何事か?」
手を止めてダレンの顔を見たジェラルドは、その形相から只事ではない何かが起きたことを悟った。
「ち、父上、こ、これを見て頂きたい!」
ダレンが差し出した羊皮紙を受け取ったジェラルドは、無言のままそれに目を通した。
そこには現在のように鶏をただ庭に放し飼いにしておくのは、採卵の効率が悪いため、大規模な養鶏場を作り鶏の一元管理をした方がよいことや、そこで出る廃棄物の鶏糞の肥料化及び、鶏を食肉として用いた後に出る部位を肉骨粉として飼料や肥料とすることなどが書かれていた。
「ほぅ、斬新で大変興味深い案だな。して、これは誰の案か?」
ジェラルドは一目でこれがダレンの考えたものではないことを見抜いた。
筆跡が違うのもそうだが、ダレンは良くも悪くも自分に似て、武を得意とし文を不得意とする男である。
改革的な案は出ても、これほどまでに細かく突き詰めた案は出てこないだろう。
「そ、それが…………」
熊のような大男が、渋い表情のまま言うか言わずか迷っていた。
ジェラルドはしばらくの間ダレンの言葉を待ったが、中々口を開こうとしないのを見て焦れた。
「ええい、いい加減にせい! これは誰の案か? 誠に見事な案である。然るべき地位に付けて辣腕を振るわせてみたいとみたいと思うほどにな。さぁ、早よその名を申せ!」
ジェラルドに急かされたダレンは覚悟を決めた。
「その案を提示したのは、息子たちです」
こやつ、とジェラルドの目に険が灯る。
このような時にくだらぬ冗談を飛ばすとは、と。
そんなジェラルドの表情を見たダレンは慌てふためいた。
「本当なのです、父上! 私も信じられませんが……今、息子たちをここへ連れて来ますので……」
この期に及んでまだそのような世迷言を、とジェラルドは呆れた。
だいたい孫たちは五歳。もう半年もすれば年が明け六歳になるとしても、まだ子供ではないか。
呆れ果てたジェラルドは、好きにせい、と突き放す。
ダレンは入って来た時と同じように慌てて部屋を後にし、息子たちを呼びに行った。
数分後、ダレンはアデル、カイン、トーヤの三人の息子を伴って戻って来た。
三人の内、アデルだけが頭を摩り、目に涙を浮かべていた。
やれやれ、まだしばらくこの茶番に付き合わねばならぬのかと、ジェラルドは大きな溜息をついた。
「これを考えたのはお前たちか?」
ジェラルドにとってこの孫たちは目に入れても痛くないほどに可愛い。
先程までとはうってかわって、優しい声で話しかけた。
「はい、僕たちは毎日卵が食べれたらいいなと思って……」
と、アデルが半分涙声で答える。
そして、
「卵だけでは無く、ローストチキンも!」
「焼き鳥、鶏がらスープも!」
と、カインとトーヤも身を乗り出して続けざまに答えた。
計画を立案した動機自体は欲望に忠実で、実に子供らしい……だが……
「今のやり方は大変非効率だと思います。初期投資にどれくらいのお金が掛かるか、資料が無いのでわかりかねますが、産業として確立させれば雇用問題、食糧問題の改善に大きく貢献できると思います」
ジェラルドは絶句した。ジェラルドだけでなく、ダレンもまた氷の彫像のように固まった。
いくら言葉と文字を短期間で覚え、さらには算術まで同じように短期間で習得した天才児であっても、所詮は五歳児、子供である。
今の言葉は子供の口から出るようなものではない。
これをいい機会と捉えた三兄弟は、他にも考えていた様々なアイディアや政策を述べた。
「おお、神よ…………」
ジェラルドは突然神に祈りを捧げだした。ジェラルドだけでは無く、ダレンもまた同じように神に祈りを捧げていた。
「神は全てを見てくださっておられた。神は当家に欠けているもの、本当に必要なものを授けて下された。感謝しますぞ……」
突然祈り出した父と祖父を見た三兄弟は困惑した。
科学の発達していないこの時代の人々は迷信深い。
理解出来ない現象は、神または悪魔の仕業とされた。
今起きた出来事……五歳児からの提案は彼ら大人二人の理解の範疇を、軽々と飛び越えたのだ。
「神は我がネヴィルに躍進せよと仰せである! ダレンよ、今すぐにこの計画を実行せよ!」
「はっ、承知!」
三兄弟の提案を神のお告げと信じた大人たちは暴走した。
三兄弟は何だか拙いことになったかもしれないと思いつつも、数年後には食卓に並ぶであろう数々のメニューに思いをはせるのであった。
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