第13話 映画鑑賞

 テレビは西澄の部屋にあった。


 50インチほどの結構大きなテレビだ。


 俺がいままで通されていたのは、どうやら応接間だったらしい。


「これが西澄の部屋かぁ」


 女子の部屋なんて初めてだから、つい見回してしまう。


 出窓の隅で白猫マリアが丸くなっていた。


 この部屋も飾り気は少なかったが、ベッドや勉強机があったり、なにより本棚やテレビが置いてある分、ほかの部屋よりは生活感というか、ぬくもりを感じられた。


「へぇ……。

 お前、結構たくさん本を持ってるんだなぁ。

 これ全部読んだのか?」


 一冊引き抜いてパラパラとめくってみる。


 細かな活字の羅列に、目が回りそうだ。


「……はい。

 読書や映画鑑賞くらいしか、することがありませんし」


「そっか。

 じゃあ今度、おすすめの本とか映画があったら教えてくれよ」


 本を棚に戻した。


 西澄が無言でこくりと頷く。


 俺たちは部屋の中央の小さなローテーブルに、並んで座った。


 テーブルには、俺が土産に買ってきたケーキの箱が置いてある。


 箱を開いて苺やモンブラン、チョコ、抹茶と色とりどりの小さなケーキを取り出し、並べていく。


「さ、西澄。

 好きなのを食べてくれよ」


 彼女がまた黙って頷くのを見届けてから、俺はBDブルーレイディスクプレイヤーに借りてきた映画のディスクを挿入して、テレビをつけた。


 ◇


 部屋の照明を少し落として、テレビを眺める。


 借りてきた映画はコメディー調の洋物ゾンビ映画だ。


 画面のなかではアメリカ人の高校生たちが、襲い来るゾンビの群れと戦っている。


「なぁ、西澄」


「……なんですか?」


「最近のゾンビって、ダッシュで走るんだな」


「みたいですね」


「なんか怖ぇな」


 短く言葉を交わしながら、映画の続きをみる。


「おわっ⁉︎」


  ゾンビの胸がぽろんと飛び出した。


 いきなりのお色気サービスシーンである。


「…………」


 西澄は無言だ。


 どうやらこの映画のレイティングのR15にはお色気要素も含まれているらしく、まれに性的なシーンが挟まるたびに、微妙に居た堪れない気持ちになる。


「い、いや。

 別にこれ、狙ってこういうやつを借りてきた訳じゃねぇからな」


 聞かれてもいないのに、つい言い訳が口をついた。


「わかってます」


 彼女は慌てた様子もなく、ジッとテレビ画面を見つめている。


 どうやら俺はひとりで焦っていたらしい。


 頬をぽりぽりと指でかいてから、俺も映画鑑賞に集中することにした。


 ◇


 映画は終盤に差し掛かっていた。


 画面のなかでは高校生たちがホームセンターで入手した武器を手に、ゾンビたちの群れに飛び込んでいる。


 バッタバッタとゾンビたちをなぎ倒し、窮地に陥ったヒロインを助け出すシーンだ。


「おお……。

 やるじゃねぇか、こいつら。

 くぅぅ、惜しい!

 いまのは、あと一歩だったのに!」


 盛り上がるシーンの連続に、食い入るように画面を見つめていると、ふと隣から視線を感じた。


 なんだろう。


 振り向くと、ジッと俺を眺めていた西澄と目があった。


「……あっ」


 彼女は小さく呟いてから、慌ててテレビに向き直る。


 珍しくいま、ちょっと焦っていた。


「なぁ、西澄」


「……なんですか?」


「いま、お前。

 俺のこと、見てなかった?」


「…………見てません」


「ふぅん。

 なら別にいいんだけどよ」


 俺は前を向いて、もう一度映画に集中したフリをする。


 しばらくすると、また隣から視線を感じた。


 今度は振り返らずに、横目で西澄を観察する。


 なんだか彼女は軽く挙動不審気味になってそわそわしながら、時折チラッと俺の横顔を眺めては、また前を向いたりしていた。


 なにやってんだろう、こいつ。


 どうにも隣の西澄のことが気になる。


 そうこうしているうちに、いつの間にか映画は、エンドロールを迎えていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ケーキも食べ終え、猫のマリアとも遊んだ。


 もう今日は潮時だろう。


「じゃあ、そろそろ俺は退散するわ。

 あまり長居しても迷惑だろうしな」


「……はい」


 西澄に玄関ホールまで見送られる。


 ふいに彼女が口を開いた。


「北川さん。

 どうして、うちに来てくれるんですか?」


 直球の質問だ。


「ん?

 ああ、いや。

 なんつーか、猫の様子もみたいしよ」


「……それは口実ですよね。

 だって北川さん、今日きたときインターホン越しに『猫の様子を見にきたんじゃない。お前の様子を見にきた』って言ってました」


「……そうだっけか?」


 西澄がこくりと頷いてから、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


 どうにもこれは、誤魔化していいような雰囲気ではない。


 俺は正直に話すことにした。


「あー、なんだ。

 俺はお前のことが気になって仕方ねぇんだよ。

 なんでかわからんけどな。

 とにかく、お前がもう一回笑ってるところを見てみてぇんだ」


「わたしが、笑っているところ?」


「そうだ。

 お前、夕焼けの校舎裏で、あの猫をじゃらしながら笑ったじゃねぇか」


 まだ窓辺で丸くなったままのマリアを親指で指さすと、西澄が首を傾げた。


 どうやら覚えていないようだ。


「……すみません。

 よく、わかりません」


「はぁ……。

 べつに構いやしねぇよ。

 あ、そうだ。

 俺からもひとつ聞きたいんだが……。

 今日みたいに無理やり押し掛けられたら、迷惑か?」


 西澄が細い指をあごに添えた。


 今日の出来事を反芻しながら、じっくりと考えているようだ。


「……迷惑、ではありません。

 北川さんからは、嫌な感じがしませんし、むしろ楽しかったです」


 彼女の答えに、ホッと胸を撫で下ろす。


 どうやら嫌われてはいないようだ。


「ありがとよ。

 あ、それならよ。

 明日ぁ日曜日だし、また来ていいか?

 明日こそちゃんと、面白い映画を借りてくるからさ」


「今日のゾンビ映画も楽しかったです。

 でも、そうですね……。

 わたしは家族愛や友情なんかを描いた優しい映画が好きです。

 だから、そういう映画を借りて来てくれると、嬉しいです」


 内心びっくりした。


 これは西澄から俺への初めてのお願いだ。


 思わず嬉しくなって、笑顔になってしまう。


「おう!

 任せとけ!

 じゃあ、飛び切り面白いやつを借りて来てやっからよ!」


 西澄がまたこくりと頷いた。


 俺を眺める彼女の瞳は、いつもに比べて少しだけ優しく思えた。

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