第14話 北川家へのお誘い
日曜日の朝。
俺はまた西澄の家に押し掛けるべく、玄関で靴を履いていた。
「なんだよ、兄ちゃん。
今日もまた脳内彼女とデートかぁ?」
「うっせぇぞ、ちび!
友だちん家に遊びにいくだけだっつーの!」
「えー!
でも大輔にぃ、その友だちって女の子なんでしょー?」
今日も今日とて拓海と明希がやってくる。
ただちょっと出掛けるだけだと言うのに、うちの弟妹たちは、やかましいことこの上ない。
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、長女で妹の雫も玄関までやってきた。
「……会いにいくのって、やっぱり女のひとなんだ?
ふぅん」
なんか目が笑っていない。
雫はできた妹なんだがかなりのお兄ちゃんっ子で、時折こんな風に雰囲気が怖くなるときがあるのだ。
「……お兄ちゃん。
今日もちゃんと、晩ご飯までには帰ってきてね。
ハンバーグにするから」
「お、おう。
わかった。
それじゃあ行ってくる」
俺はキュッと靴紐を結んでから、そそくさと我が家を出発した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
西澄邸へとやってきた。
昨日のリクエストどおり、道中のレンタルビデオショップで家族愛をテーマにした映画を借りてきてある。
通用口横のボタンを押して呼び鈴を鳴らすと、昨日とは違ってすぐに西澄が応対してくれた。
「よう!
宣言どおり、今日もやってきたぜ」
「……はい。
どうぞ、入ってください」
◇
スムーズに屋敷へと通される。
デッカい洋館の扉を開いて玄関ホールに入ると、そこまで西澄が出迎えに来てくれていた。
「いらっしゃい」
通りの良い声に、思わず彼女を眺める。
大きな窓から差し込む光にキラキラと輝く金色の髪。
少し赤みがかった黒い瞳と、透き通るように白い肌。
若草色の爽やかなワンピースを着た西澄アリスは、まるで本から飛び出してきた妖精そのものだ。
「お、おう。
元気にしてたか?」
昨日ぶりで、元気にしてたかもなにもない。
でも彼女の可憐さに気後れしてしまった俺は、ついそんなことを言ってしまう。
「はい。
元気にしていました」
西澄は俺の変な挨拶も、さして気にしなかった。
「……こほん。
約束どおり、DVD借りてきたぞ。
これ。
邦画でちょっと前に流行ったやつ」
レンタルショップの袋を掲げてみせると、彼女がこくりと頷いた。
「わたしの部屋で観ましょう。
ついてきて下さい」
俺は言われるままに、彼女のあとについて行った。
◇
西澄の部屋で映画鑑賞の準備をしながら、俺はあることに気づいた。
「あー、しくった。
今日はケーキ買ってくんの忘れた。
悪りぃ」
「……大丈夫です。
ちょっと待っててください」
西澄が立ち上がり、部屋を出て行く。
かと思うとすぐに戻ってきて、また部屋の中央のローテーブルに俺と並んで、ちょこんと座った。
「クッキー、用意しておきました。
紅茶もあります」
「え⁉︎
つか、これって……」
テーブルに置かれたクッキーはどれも形が不揃いで、市販のものとは思えない。
「も、もしかして……。
西澄が作ってくれたのか?」
また彼女がこくりと頷いた。
「……今日、北川さんが来るってわかってましたから」
素っ気なく言い放つ。
相変わらず無表情な彼女だが、なんだか少し照れているようにも思える。
「一個食っていいか?」
「……どうぞ」
皿からクッキーをひとつ摘んで、口に放り込んだ。
サクッとした小気味の良い食感。
鼻を抜けていくバターの豊かな風味に、ほんのりとした甘さが感じられる。
「うまい!」
これは実に俺好みなクッキーである。
「いや、マジうめぇよ、これ!
西澄って料理できたんだなぁ」
「……料理はあまり出来ません。
でもお菓子作りは、少し好きです」
「そっか、そっか。
好きなことがあるってのは、いいことだぜ!
じいちゃんもそう言ってたしな」
「北川さんには、お祖父さんがいるんですか?」
「おう、いるぞ!
なんならじいちゃんだけじゃなく、妹がふたりと弟がひとりいる。
あ、あと親父もな。
お袋はずっと前に死んじまったけどな」
「……家族がたくさんなんですね」
「まぁな。
毎日毎日やかましいことこの上ないぞ」
「そうですか。
……ちょっと、羨ましいです。
この屋敷には、ずっとわたしだけですから」
西澄の表情がわずかに曇る。
「そんな暗い顔すんなって!
ほら。
映画でも観て、楽しくなろうぜ!」
俺は殊更に明るい声をだして、テレビをつけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
映画を観終えた。
照明の光量をあげて、薄暗くしていた部屋を明るくする。
テーブルのクッキーは、もう全部なくなっていた。
いま観たのは現代日本を舞台にしたもので、祖父の隠し子である、年の離れた幼い叔母を引き取って育てるって映画だ。
主人公と幼いヒロインが、共同生活を経て少しずつ近づいていく様子に、なんとも言えず心が温まり、そして切なくなる。
そんな映画だった。
「なかなか良かったなぁ。
西澄はどうだった?」
少し間を置いて、彼女がぽつぽつと語り出す。
「……この女の子は幸せですね。
だって、世界にひとりでも、自分を見つけてくれる相手がいたんですから。
……とても、面白かったです」
そう語る彼女の表情は、面白かったとの言葉とは裏腹に沈んで見えた。
◇
映画を観終わった俺たちは、少し手持ち無沙汰になった。
猫のマリアと遊んだり、何気ない会話を交わしたりしながら、ゆっくりと時間が過ぎていく。
そうこうしていたら、やがて太陽は傾き、夕刻に差し掛かった。
「っと、そろそろ俺、帰る時間だわ。
晩飯までに帰らねぇと、雫のやつがうるせぇんだ」
「雫……。
妹さんですか?」
「ああ。
上のほうの妹で、中3になったばかりだ。
こいつが面倒見はいいんだけど、俺にだけちょいと過干渉なところがあってなぁ」
ガシガシと頭をかく。
「そんなに俺ぁ、頼りない兄貴なのかねぇ。
そういや、下の妹と弟も、あんまり俺のこと敬ってねぇしな」
「……賑やかなんですね」
また西澄が少し表情に陰を落とした。
さっきの映画を観てから、どうも彼女は気分が上がらないようだ。
これはもしかすると、映画のなかのヒロインと、ひとりのままの自身の境遇を比べて落ち込んでしまっているのではないだろうか。
……なんとかしてやりたい。
彼女を笑わせようと押し掛けてきて、結果気分を沈ませるなんて本末転倒だ。
でもどうすれば、西澄の気分は回復するのだろうか。
頭をひねって考える。
「あっ、そうだ」
「…………?
どうしたんですか」
「いや、ちょっといいこと思いついたんだよ。
なぁ、西澄。
このあと少し、時間あるか?」
彼女は少し考えてから、こくりと頷いた。
「おう、そっか!
だったらよ。
いまから俺ん家に、晩飯食いにこねぇか?
やかましい家だけど、賑やかで楽しいぞ!」
にかっと笑って見せると、西澄はキョトンとした表情で俺を見返した。
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