第12話 休日の過ごし方
玄関にしゃがみ込み靴を履いていると、背後からバタバタとうるさい足音が聞こえてきた。
「大輔にぃ。
どっかいくのー?」
「きっと女のところだぜ、女!」
やってきたのは中学1年の妹である明希と、小学4年の弟である拓海だ。
「あははっ。
なに言ってんの拓海。
大輔にぃに女っ気なんて、あるはずないじゃん!」
「うっせぇぞ、明希!
泣かされてぇのか?」
「にいちゃんが切れやがった!
図星だっ。
女っ気なしー!」
「はぁ?
あんまり俺を侮るなよ。
いまからいく出先は、すげぇ可愛い顔した女ん家だっての!」
つい弟妹たちに見栄をはって、口を滑らせてしまった。
今日は土曜で学校は休みだ。
だから俺はみなみ先輩のアドバイス通り、ただ西澄アリスと同じ時間を過ごすべく、朝からこうして出掛けようとしている。
「なに、なに?
え⁉︎
大輔にぃ、彼女できたの?
うっそぉ⁈」
「俺は騙されないもんね!
絶対、脳内彼女だぜ!
それか画面のなかにいる、おれの嫁系だって!」
明希と拓海が途端にうるさくなる。
これはちっとまずったなぁ。
実際、西澄は俺の彼女でもなんでもないのだが、素直にそう言っても、騒ぎはじめたこいつらは聞かないだろう。
困っていると、廊下の向こうから雫が顔をだした。
「こぉら、ふたりとも。
大声で騒いだらご近所さんに迷惑だって、いつも言ってるでしょう?
ほら、お兄ちゃんも困ってるじゃない」
「はぁい。
ごめんなさーい」
中学3年で北川家の家事一切を取り仕切る、長女の雫。
弟妹たちにとっては母代わりみたいな雫が、調子に乗りはじめた明希と拓海を静かにさせて、俺を助けてくれた。
実によく出来た妹である。
「ぶぅぅ。
絶対これ、『はぁ、はぁ、
……まぁ、拓海のやつはまだぶつぶつ言ってやがるみたいだが。
こいつは帰ったらきっちりとシメる必要があるな。
「すまねぇな、雫。
じゃあ出掛けてくるよ」
「うん。
いってらっしゃい、お兄ちゃん」
見送られながら玄関ドアに手をかける。
そのときトーンが一段階低くなった雫の声が、背中に投げかけられた。
「……あ、そうそう。
ほんとに彼女じゃないんだよね?」
「ん?
お、おお。
そうだけど……」
「そっか。
だったらいいの。
あ、お兄ちゃん。
晩ご飯までには、絶、対、に、帰ってきてね……」
「あ、ああ……。
わかった」
雫から得体の知れない迫力を感じる。
なんだか振り向けなくなった俺は、「いってきます」と一言だけ言い残して、逃げるように我が家の玄関を飛び出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
電車から降りて、青空の下を歩くこと少しばかり。
俺は西澄邸にやってきた。
相変わらずの豪邸ぶりに、思わず圧倒されそうになる。
「……こんなデッカい家なのに、西澄のやつひとりしかいねぇんだよなぁ」
今頃彼女は、屋敷のなかでどうしているんだろう。
またあの死人みたいな目で、ぼーっと虚空を見つめ続けているのだろうか。
そんなことを考えると気分が沈んでくる。
「うし!
いくかっ」
気合いで暗い気持ちを吹き飛ばした。
とりあえず手土産でもと思って、道中でケーキを買ってきた。
あと会話の間が持たないだろうことを見越して、DVDなんかもレンタルしてきてある。
コメディー調のゾンビ映画だ。
調べたところ結構評判のよい映画だったので、取り敢えず借りてきたのだ。
「えっと……。
ピンポンは、っと……。
お。
あったあった」
立派な正門の隣に設けられた通用門のすぐ横に、呼び鈴のボタンがあった。
ポチッと押してみる。
「…………」
しばらく待ってみるも、反応がない。
俺は今度は2回、若干強めにボタンをポチ、ポチッと押し込んでみた。
「…………」
やはり反応がない。
「……なんだぁ?
西澄のやつ、まだ寝てんじゃねぇだろうな」
携帯を取り出し、画面に表示された時刻を確認する。
もう10時半だ。
さすがに起きている時間だろう。
今度は遠慮の欠片もなく、何度もボタンを連打した。
ポチポチポチポチポチポチ――
きっと今頃、屋敷のなかでは呼び鈴が音がうるさいくらいに鳴り響いていることだろう。
「……はい。
どちらさまでしょうか」
ようやく彼女が応対に出てくれた。
「よぉ、西澄。
俺だよ!
おれ、おれ!」
「……はぁ。
おれさんですか。
詐欺なら間に合っておりますので」
ガチャリとインターホンが切られた。
慌ててまたボタンを連打する。
「……はい」
「いきなり切んなって!
俺だよ!
北川大輔だ!」
「あぁ、北川さんでしたか。
それならそうと、最初から言ってください。
それで今日は、どういうご用件ですか?
マリアなら元気ですよ」
「いや、今日は猫の様子を見にきたんじゃねぇんだ。
強いて言うならお前の様子を見にきた」
「……わたしの?」
「おう。
それはそうと、インターホン越しってのもなんだ。
とりあえず、なかに入れてくんねぇか?」
「意図がよくわかりませんが、わかりました。
どうぞ」
通用門の鍵が、カチッと開く音がする。
西澄が操作してくれたんだろう。
「んじゃ、邪魔すんぞー」
俺は広い屋敷の敷地内へ、2度目となる足を踏み入れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
西澄邸は相変わらず寒々しい家だった。
だだっ広いだけで、温もりがなにも感じられない。
俺は気に掛かったことを尋ねてみる。
「なぁ西澄。
お前って、休日はどうやって過ごしているんだ?」
この家には最小限の家具以外はなにもない。
もしかするとテレビもないのかも知れない。
そうだとしたら、せっかく借りてきたDVDは無駄になってしまう。
「取り立てて変わったことはしていません。
寝て起きて、少し勉強をして、あとは本を読んだり、映画を観ながら1日を過ごします」
「お。
テレビあんのか?」
「……あ。
最近はそれに、マリアと遊ぶ時間が加わりました」
「そっか。
猫はどんな感じだ?」
「やんちゃですよ。
元気に遊び回っていたかと思うとすぐにコテンと寝ちゃったりと、ずっと見ていても飽きません」
「ふぅん。
やっぱ子猫だからなんにでも興味を持ってはしゃぐんだろうな。
けど、体力がついていかないのか。
改めて礼を言うよ。
西澄。
あの猫を引き取ってくれて、ありがとうな」
「……いえ。
礼を言うのは、むしろわたしだと思います。
マリアがうちに来てから、少し家が寂しくなくなりましたから」
「そうか。
なら良かったよ」
応えながら考える。
いまの台詞……。
彼女の口から、はっきり『寂しい』という言葉が出た。
やはり西澄は孤独を感じている。
俺は少しでもその寂しさを癒して、こいつが笑っているところをもう一度みたい。
「……なぁ、西澄。
こんなの借りてきたんだ」
手に持ったレンタルショップの袋を掲げてみせた。
「評判のいいコメディー映画みたいなんだが、一緒にみないか?
DVD再生できるよな?
あとケーキも買ってきてあるんだ」
「えっと……。
いまからわたしと北川さんが、その映画を一緒にみるんですか?」
「そうだ。
……いやか?」
「とくに嫌ではありません。
でも、どうして北川さんがわたしを構おうとするのか、理由がわかりません」
「理由……。
そんなもんはねぇ。
敢えて言うなら、俺がお前との時間を共有したいからだ」
西澄がコテンと首を傾げた。
理解不能なものを見るような表情を向けてくる。
けれどもさっきまでと違って、彼女は死人のような目はしておらず、その瞳には興味の色が浮かんでいた。
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