第4話 微笑み
校舎裏まで西澄アリスを連れてきた俺は、空になったダンボール箱を指で指し示す。
「ここで子猫の世話をしていたんだ。
でもどっか行っちまって……」
「わかりました。
それで、いままでどこを探したんですか?
あなた、えっと……」
「北川だ。
北川大輔。
お前と同じ2年で、E組だ」
結局あれから西澄は、子猫捜索の手伝いを了承してくれた。
ありがたいことである。
「校内は一通り捜した。
でも見つからなかったんだ。
だから多分、外に出ちまったんだと思うんだが……」
「そうとも限りません。
入れ違いになった可能性だってあります」
「あ、そうか。
猫だって動いてるわけだもんな。
じゃあまだ校内にいるかも知らねえのか……」
となると完全に捜し直しだ。
でももう結構、陽も傾いてきている。
はやく見つかってくれるといいのだが……。
「手分けして捜しましょう。
わたしは校内を捜すので、北川さんは外を捜して下さい」
「わかった。
じゃあ、だいたい1時間くらいしたら、またここで待ち合わせよう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
西澄と別れてから、学校の外を猫を捜して走り回る。
電柱の陰や車の下。
近所の公園で茂みなんかを覗いて回りながら、俺はさっきまで一緒だった彼女について考えていた。
西澄アリス。
得体の知れない不気味さを感じさせる少女だ。
たしかに見た目だけを考えれば、彼女はテレビのなかの芸能人を含めても、かつて俺が見たどんな美少女よりも整った容姿をしている。
可憐で、抜群に可愛い。
だがそれ故に薄気味悪くも感じられる。
なぜなら彼女は、目が死んでいた。
その整いすぎた容姿も相まって、西澄と話をしているとまるで人形を相手しているような、言いようのない不安を感じてしまう。
例えばあいつは、笑うことがあるんだろうか。
ふとそんなことを考えた。
「……っと、いけねぇ。
いまはあの女のことより、バカ猫だ。
あとほかに猫が隠れられそうな場所は……」
陽も落ちてきたし、はやく見つけだしたい。
俺は気持ちを切り替えて、いなくなった猫捜しに奔走した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どこを捜しても、学校の周辺には猫はいなかった。
こうなったらもう少し捜索範囲を広げたほうがいいのかもしれない。
けれどもその前に、そろそろ合流の時間だ。
俺は西澄と落ち合うべく、校舎裏へと向かった。
「……あ。
お前、そいつは……」
待ち合わせの校舎裏につくと、そこにはしゃがみ込んで白い子猫をじゃらす西澄の姿があった。
彼女はダンボールに入れてあった猫じゃらしのおもちゃを揺らしながら、子猫を遊ばせている。
「みぃ、みぃ〜」
猫も元気そうだ。
尻尾を立てて、マズルを膨らませながら彼女にじゃれついていく姿に、ほっと息を吐き出す。
「……よう」
猫が驚いてしまわないように、抑え気味な声で呼び掛けると、彼女は子猫をじゃらす手を止めて立ち上がった。
暮れの夕陽が赤く染めた地面に、彼女の影が長く伸びていく。
「猫、見つけてくれたんだな」
「北川さんですか。
遅かったですね」
「……ああ。
ほうぼう捜し回って来たんだよ。
それはそうと、ありがとよ。
んで結局そのバカ猫、どこにいやがったんだ?」
「校内を一通り捜してからこの場所に戻ってきたら、もうこの子も戻ってきていました」
「……なんだそりゃ」
というかもしかして、この猫、ちょっと散歩してきただけだったりするのだろうか。
散々俺を引っ掻き回してくれた猫は、悪びれもせずにあくびなんてしている。
「……はぁぁ」
なんだか気が抜けてしまった。
子猫が俺の足にまとわりついてきた。
「みぃー」
「こいつ。
人の気も知らないで……」
両手で猫を抱き上げて、西澄の前におろす。
「ほら、西澄。
もっとこいつと遊んでやってくれ」
「……はい。
別に構いませんが」
彼女は再びしゃがみ込み、猫をじゃらし始めた。
彼女はそのまま、俺のほうには顔を向けずに、猫を眺めながらぽつぽつと話し出す。
「……北川さん。
この子のことは、これからどうするつもりなんですか?」
「ん?
ああ。
俺ん
でもいちおう、引き取ってくれそうな家は見つけてある。
ただちょっと問題があってなぁ……」
西澄が猫をじゃらす手を止めた。
俺を見上げて、コテンと首を傾げる。
仕草それ自体は可愛らしいのに、彼女は相変わらずの無表情である。
「……問題。
どうしたんですか?」
「いや、ただ引き取ってくれるってその家がな。
でっかい犬を2匹飼ってんだよ。
しかも飼い主の躾が悪いせいで、その2匹いっつも喧嘩してるらしいから、そんなところにこいつを預けるとなると、ちっとばかし心配でなぁ。
うーむ……」
話していると、やっぱり不安になってきた。
どっか他に、いい里親がいればいいんだが……。
「そうですか」
西澄は短く答えてから、また視線を落として猫を構い始めた。
子猫も彼女の白くて細い指にまとわりつき、よく懐いているように見える。
「みぃ。
みぃぃ〜」
しばらく黙って猫と彼女を眺めていると、ふいに西澄が呟いた。
「……じゃあ、おまえ。
うちに来る?」
「みぃぃ」
きっと子猫は、彼女の問い掛けの意味なんて理解してはいない。
けれども相変わらず、嬉しそうに戯れている。
その姿を眺めていた西澄が、ふっと頬の筋肉を緩めた。
「……北川さん。
この子、うちで飼います」
「ん?
あ……、おお!
そうしてくれるならありがたい。
でもお前ん家は、大丈夫なのか?」
「……大丈夫です。
どうせうちには、わたし以外、親も兄弟も、誰もいませんから」
どういうことだろう。
こいつ高校生のくせに、一人暮らしでもしているんだろうか。
問い質すより先に、彼女が猫を抱き上げた。
指先で喉をくすぐられた子猫は、気持ち良さそうに目を細めて、グルグルと喉を鳴らしだす。
「ふふ。
なぁに。
ここが気持ちいいの?」
なんとなく話しかけるタイミングを失った俺は、子猫をあやす彼女を見て、驚いた。
ずっと人形のように無表情だった彼女が、わずかに
微笑んでいたのだ。
「きゃ。
ふふふ。
指を齧っちゃだめよ」
初めて見た西澄アリスの笑顔は、無機質とは程遠い暖かさを宿していた。
その笑顔に思わずドキリと胸が高鳴る。
「……なんだ。
笑えるんじゃねぇか……」
俺は微笑む彼女を眺めて、そうぽつりと呟いた。
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