第2話 『魔剣王』 決闘

「グ〰〰ッ」

 現在の時刻は、十二時五分――四時限目が終わりに差し掛かろうとしていた。皆が剣魔術の授業に対し一生懸命励んでいる中、転校生であるルキは初日に居眠りをしていた。

 講師も青筋をピクピク動かしながら、授業を進め、生徒たちは「チッ」と舌打ちをしながらルキを蔑視していた。

 それでもなお、講師は一切として注意をしない…生徒たちは憤怒と疑念を抱きながら、黙々と授業を聞く。

「〰〰っ、やめろ…それは……ぬわああああああ!!」

 寝言で叫喚するルキに驚き全員はルキの方に視線を送る。授業を真面目に受けないどころか、授業を妨害するような行為を行う。

 …ある一人の生徒が、机を「ドンッ!!」と思い切り叩き、立ち上がる。流石に敬虔な生徒に対する侮辱をされたのだ、堪忍袋の緒が切れる人間も当然現れる。

 その立ち上がった生徒は、白銀のロングヘアーと純白の肌、そして真紅の瞳を持つ美少女だった。

 彼女の名前はアルビオン=イル・ナーヴァス。この剣聖学園で生徒会長を務める正義感に溢れた少女だ。

「ちょっと……貴方!」

 彼女の怒声に、ルキはいびきを止めて、憤慨する少女を一瞥する。

「…チッ、何だよ」

「『何だよ』じゃないわよッ! 貴方、転校早々私たちの誇りを愚弄し、あまつさえ授業を妨害するだなんて……それでも剣聖?」

 アルビノンの問いに、ルキ上体を起こして気だるげな表情で彼女の方を向く。

「あのさぁ、俺は剣聖じゃないんだよ。剣魔術なんて知ったこっちゃないし、剣技なんてうざったらしい事なんて教わるはずが無いだろ?」

 ルキは相手を脅かすように反論する。流石の正義感たっぷりなアルビオンでも、怖気づいてしまう。

「…っ。じゃ、じゃあ貴方は何なのよ! 貴方が剣聖じゃないのは百歩譲って受け容れましょう…でも、剣聖でもないのに何で剣聖学園に居るのよ!?」

 周囲は険悪な雰囲気を包まれていた。授業なんて知ったこっちゃないと言わんばかりの激闘、手を出すのは逆に野暮というモノだ。

「勝手に入れられて…俺だってこんなクズの巣窟になんかいたくないんだよッ!! 剣聖なんて糞喰らえッ!」

 ルキも彼女のキツイ性格に虫唾が奔ったのか、躍起になっている。

 ――これでは埒が明かない。そこで、講師であるオーグ=ウィエルが仲裁に入る。

「待つんだ、二人とも。このままあげつらわれれば授業にの支障が出る…故に五時限目に決闘をするのはどうかね?」

 決闘…アヴァルス剣聖学園の伝統行事の一つで、一対一の戦闘法で勝った方は敗者に一つ出来る範囲の事を命令できる正々堂々とした「闘い」なのだ。

 それは論争などが勃発した際に行われることが多い。

 そんな決闘を、オーグは提案する。このまま論争が拡大すれば他生徒・講師に迷惑を被ることになる。

 アルビオンはオーグの提案に対し首肯する。

「そうですね。この無礼な剣聖の風上にも置けない奴に天誅を下すには丁度いい機会ですね」

「ハッ、学園のルールに従う気は無いが……頭の御固い馬鹿女を制裁するには丁度いい……」

 二人は満場一致で決闘を行うことにする――。


   † †


「お、サンドイッチあるじゃん」

 ここは剣聖学園に併設された食堂――様々な食品のレパートリーがあり、生徒たちからも多大な支持を得ている学園屈指の穴場である。

 そんな食堂に、ルキは足を運んできた。

 ルキの大好物はサンドイッチである。理由は軽く食べれて、野菜やハムも入っている栄養バランスが良いからなのだ。

「へ~、転校生さんはサンドイッチが好きなんだ」

 突然、背後から可愛らしい声が聞こえる。

 振り向くとそこには金髪のセミロングの美少女だった。「無能」で更に剣聖を侮辱する最低なルキに恐れたり憎んだりせずに親身に接する。

「ああ……って、お前は誰だ?」

「私は二年B組のサファイア=エムリエル。宜しくね、ルキ=レヴァンティンくん!」

 サファイアは、天真爛漫な笑みを向けて、華奢な手を差し出す。

 此処に来てから殆どの人間が敵だったが、彼女からは敵意や憎悪は無いように思える。ルキはその差し出された手を握る。

「……宜しくな、サファイア」

「サフィでいいよ。皆からそう呼ばれてるから。私も代わりにルキくんって呼ぶからね」

 ――こう言うのを、友達と言うのか? ルキは疑問を抱く。今まで友達と呼べる存在が居なかったルキにとって、友好的な人間は新鮮なのだ。

 多少の疑心はあるが、この娘となら仲良くできるかも…そんな淡い希望を持ったルキだった。

「…ま、サフィの好意はありがたいが、俺といたら絶対風評被害に遭うぞ。出来るだけ関わらない方が良い…じゃあな」

 事実、唯一少しだけ心を赦せた剣聖だった…しかし、ルキは現在生徒たちから邪険に扱われている。

 サファイアまで学園の生徒から嫌われれば、不登校や最悪、ルキを恨む可能性もある。

 折角の友人を喪うわけには行かない――ルキは否応無しにサファイアの目の前から去り、サンドイッチを買いに行く。

 サファイアの表情は、憐憫なもので突き放したルキも心が痛むものだった。


   † †


 昼休みは三十分間――ルキは昼食を早く済ませ、五時限目に行う決闘の準備をする。

 ――と言っても、ルキは何の準備していないのだ。普通の人間であれば、武器のメンテナンスをしたり、装備の準備や作戦を練るものだ。

 しかし、ルキは何の準備もせずに、決闘の開催される第二闘技場の閑静な観客席で寛いでいた。

「はぁ……面倒臭いなぁ、決闘。事実、剣聖なんて所詮屑で穀潰しばっかなのに…俺だって……!」

 歯を軋ませ、独り言を呟くルキ。そしてふと腰にぶら下げたを手に取り、凝視する。

 途端に、ルキの中から勇気が湧き出てきた。

「……フッ、俺は『魔剣王』だ。剣聖ごときに負けるわけには行かない…たとえ女だろうが、地の味を嘗めさせてやる……!」

 醜悪な嗤いをこぼし、ルキはそのを握り締める。


 ザワザワ……ザワザワ……


 ふと外を見てみると、生徒たちが列を成し闘技場へと入っていく光景が見える。まだルキが来て五分も経っていないのに既に満員だ。

 戦々恐々な思いだが、絶対に負けるわけには行かない…ルキがもし剣聖であるアルビオン敗北すれば、矜持プライドどころか学園を自発的に退学しかねない。

 ルキは急いで準備室へと足を運ぶ――。


「確か準備室は此処だったな……」

 白みを帯びた木製の扉の前に立ち、ノブを回すルキ。扉を押すと、そこには先刻目にした銀髪の美少女が立っていた。

 ――下着姿で。

 ルキは咄嗟に目を逸らし、扉を閉める。そう…見ての通り、先程宣戦布告した美少女・アルビオンだった。

 純白の下着と、細く艶のある肌、意外と膨らみのある双丘…一瞬だけだが、見惚れてしまう。

「きゃ――」

「はぁ……」

 諦観の溜息を吐くルキ。そして――絶叫。

「キャアアアア―――ッ!!」

 ルキも、この時ばかりは罪悪感を感じていた。そして何も言わず準備室の外に出るルキ。アルビオンは頬を紅潮させて、恥辱を受けたような涙目で此方を睨む。

「……ハッ、とんだ災難だ」

 

   † †


 そして、ルキは準備室の扉の前で蹲り、アルビオンの準備が終わるのを待っていた。準備室は生憎一つしかない…巨大な学園なのだから、部屋数位増やしてほしいものだ――内心文句を呟くルキ。

 ガチャッ――扉が開く音がし、振り向くとそこには着替え終えたアルビオンがいた。

「…変態」

「黙れ、偶然に文句付けんな。神にでも文句たれ流せ」

 アルビオンの鋭利な言葉に反論するルキは、無断で準備室へと入っていく。

「「………」」

 二人は沈黙していた。理由は、二人とも互いを嫌悪しているからである。鉄の錘を乗せられているような思い空気に耐えながら、各々最終準備をする。

 アルビオンは、机の置かれた剣を手に取り腰に携える。

 黄金の竜が鍔にあしらわれ、剣身には蔦のような彫刻が施され、柄には琥珀が埋められている絢爛な外見。

 更に鞘には天使の言語であるルーン文字が刻れていた。

 ここでルキが口を開く。

「へぇ、中々良さそうな聖剣だな。親とかから継承されたものか? それとも仕入れたか……」

「別に? 偶然見つけただけよ。でも、能力は絶対的だわ」

 アルビオンは白銀の剣を掲げ、自慢する様に誇張する。自分が負けないと思っているのだろう。

 ――盲目的な剣聖は、敗北したときの絶望感が絶大なものになる。

 そう考えるだけで、笑いが止まらないルキだった。

「そうか」

「というか、貴方こそ剣とかは無いの? 剣聖学園に入学したなら武器は必須でしょ?」

 アルビオンの言葉は的を射ている。

 このアヴァルス剣聖学園の入学条件は「個人の武具を保持しているか」にある。剣聖と言っても、剣を扱う人間だけではない。

 槍や短剣、刀など様々な武器を扱う人間もまた「剣聖」と呼ばれる。

 傍から見れば、ルキは武器を何も持っていない。なのに剣聖学園に入学できたのか、当たり前の疑問だ。

 そんな疑問に、ルキは言葉を濁す。

「剣聖に教える義理は無い。つーか、手の内を明かす人間が何処にいる? 愚かな奴め」

「な、何よっ! ただ質問しただけじゃない! 無神経な男ね」

「ハッ、抜かしとけ」

 二人の間に、紫電が奔っている。――だが、二人の士気は昂っている。

 互いが敵意を剥き出しにすれば、その分決闘も白熱したものになる……。アルビオンは此処とは真逆の登場口へと踵を返す。


 そして、剣聖を嫌う者と、剣聖を愛する善人による決闘が――幕を開ける。


 

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